第13話 ラウルの家
森の外れに到着し、夜のアステカの街を森の中から眺める。
街の守りはどのくらい堅牢なんだろう、とアイリスは気になった。
「見張りとかはいないんだね」
「おそらく、基本的に聖騎士は官舎にいるはずだ。アステカに駐屯する聖騎士は総員五〇名ほどだが、二四時間交替で任務にあたる彼らは、今日休みの者を除くと一日あたり一五人程度で街を警備しているはず。そして、巡回は基本的に一組五名だ。
臨時で行う見回りは予測できないが、定期での見回り開始時刻は夕方の一八時と深夜〇時。今は、ちょうど〇時の見回りが終わったくらいの時間だから、チャンスだと言える。ラウルが起きているかどうかはわからないが」
「そっか。なら、こっそり忍び込んで、ラウルの部屋に行けば会えるかも。エリナ、ラウルの家の場所と部屋の位置はわかる?」
「わかります。案内します」
──婚約していただけあって、さすがに部屋も行ったことあるか。
思えば、リュカと付き合っていた頃、リュカはあたしの部屋にこっそり入り
うちのお父さんは、ああ見えて門限とか男付き合いとかに厳しかったから、成人もしていない二人のことには目を光らせていた。
それを、リュカは、いつもの如く聖騎士が使う魔法「
懐かしいなあ。
数々の楽しい思い出たちを見つめながら、アイリスはリュカを見つめてニヤニヤする。
リュカは、アイリスの不気味な笑みの圧力に押されて上半身を僅かにのけぞらせた。
明かりの消えたアステカの街を、エリナを先頭にして歩く。
そこらじゅうが坂道になっている幅五メートルくらいの石畳みの路地はまるで迷路のようだ。
この街には大通りというものがなく、全域がこのような路地によって構成されていた。
路地沿いに所狭しと立ち並ぶ、二、三階建てくらいの真っ白の塗り壁で包まれた家屋。海岸沿いに面するアステカは、全ての建物が純白で統一された街だ。
月明かりは、思ったよりもアイリスたちを明るく照らす。
足音に気を付けながら、慎重に歩いた。
リュカは周りを見回すように観察している。
「あそこです」
エリナが指差す。
周りの家よりも一際大きい建物で、大きな門が構えられている。
閉じられた門の大きな木製扉には、白く光る魔法陣がガッツリ張り付いていた。
「『魔術ロック』が掛かってるね。ちょうどいい訓練だから、レオ、やってみようか」
魔術ロックとは、通常の物理的な施錠──例えば南京錠や
魔術ロックで施錠された扉を解錠できるかどうかは、魔術師のレベルに依存する。
通常、一級魔術師が施錠した魔術ロックを、三級魔術師が解錠することはほとんど不可能なのだ。
「あんまり僕を舐めないでほしいんだけど」
レオはため息まじりに言うと、両手を扉にぴたりと引っ付けた。
「閉ざされた扉よ。我の
白い魔法陣の上から、大きな紅蓮の魔法陣が重ねて描かれていく。
直後、白い光が扉のあたりでパパッと散る。
相手の掛けていた魔法力が、レオの魔法力によって四散したのだ。
ゴゴッ、と音がする。
大きくて立派な木製の門は、キイイ、と音を立てて開いていく。
門の先には十メートルほどの小道の先に、大きな家屋と玄関扉が見えた。
ラウルの家は、なかなかのお金持ちらしい。門といい家といい、すごく大きい。
家は三階建てで、暗くて詳細には見えないが窓のあたりの装飾も凝っていそうだ。
「こっちです!」
「あっ! 待って、エリナ──」
引き止めようとしてアイリスは叫んだが、遅かった。
エリナは先頭を切って門をくぐる。
が──
「ああああああっっっっ」
電撃が、エリナを襲った。
バリバリと音を立てて、エリナの体を取り巻くように明るい光がいくつも走る。
同時に、地面には白い光で描かれた魔法陣が、電撃と連動してチカチカと点滅していた。
魔術ロックはフェイク。本命は、この雷撃トラップだったのだ。
「罠が張られてる! エリナっっ、」
レオが動いた。
人差し指をエリナへ向けて素早く呪文を詠唱する。
「我が手に宿る意思と魔力をもって我らを縛る魔術を打ち消せ──
すぐさまエリナの頭上に現れる赤い魔法陣。
地面の白い魔法陣と反発し、バチバチと音を立てる。
この白い魔法陣を作った魔術師とレオの間には、かなりのレベル差があったようだ。
白い魔法陣は光を散らして、あっという間に消滅した。
雷で焼かれて、エリナは体から白い湯気を上げる。
エリナを覆っていたレオの変装魔法は、その一部が雷撃によって吹き飛ばされ、ゾンビ特有の濃い灰色の肌と、バイオレットに光る瞳が片方だけ
膝から崩れそうになるエリナへ、レオが駆け寄って──
カン!
自分のすぐ近くで鳴った音にビクッとなったレオ。
見上げると、リュカが矢を撃墜していた。
レオたちが目指す家の三階の窓に、弓を構えた人影が見える。
リュカが叫んだ。
「気付かれた! 聖騎士が来るぞ!! レオ、ここは撤退だ!」
「でもっ……、」
「レオ!! チャンスはまた来る。街の人間に、無闇に危害を加えてはダメだ!」
「…………そうだね。わかった」
すぐ近くに見える家。
あそこには、ラウルがいる。
もう少しだったのだ。
エリナは、未練に引きずられて家の──ラウルの部屋であるはずの窓へと視線を向ける。
そこに人影が見えた。
窓を開け、目を見張って、こちらを凝視する一人の人影──。
「エリナっっ!!!」
「ラウル!!!」
ラウルが叫ぶ。
エリナが、応えた。
エリナの目は、ラウルにしか向いていなかった。
ラウルの部屋の隣、三階の窓から二撃目の矢が射出される。
リュカはそれを見逃すことなく迎撃した。
「エリナ! 早く!!」
「いやだ。あそこにラウルがっ、」
リュカがエリナを抱きあげる。
「いやっ、ラウル!!」
「エリナぁ────っっ!!!」
門を出て、風を巻いて夜の路地を駆ける。
リュカは、レオとエリナの二人を抱えて走っていた。
「アイリス! すまんが自分で走ってくれ!」
「だっ、大丈夫っ! だけどっ。追いつけるかなっっ……」
言いつつ、アイリスはリュカにさほど離されることなく疾走する。
なぜかわからないが、ゾンビになってから身体能力の向上が見られるアイリス。
なんというか、体が思った通りに動くというか。想像通りに動かせるというか。
この死体には、神経など
ゾンビは、精神が全てに作用を及ぼす。
要は、頭の中で思い描いたことが、そのまま実現しているのだ。
生前よりも飛躍的に走るのが速くなったアイリスは、リュカほどではないものの、まあまあのスピードで下り坂の街並みを疾走する。
路地をいくつも曲がり、来た道を正確に戻るリュカ。
一行は、あっという間に迷いの森の入口へと辿り着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます