第11話 たとえ迷信だったとしても
「さあ、そうと決まれば、まずはエリナの用事を済ませましょ! ラウルって恋人に、エリクサーの原材料──つまり、『賢者の石』を、渡しに行くんだよね?」
「ちょっと待て」
ウキウキするアイリスの言葉を制止する声。
──リュカっ! またあたしの話、遮った!
あたしって、そんなに考えなしに突っ走るタイプだと思われてるの?
ああ。やっぱりリーダーなんて、あたしには無理なのか。
シュンとするアイリスを、リュカはスッと抱きしめる。
あっ、と思った時には、口づけされていた。
わあ、とエリナの歓声が聞こえる。
唇を離したリュカは、アイリスの大好きな、いつもの優しい顔だった。
アイリスの髪をそっと撫でながらおでこにキスし、まるで心を見透かしたように愛の言葉を述べる。
「心の底から愛してる。君が俺にいつも元気をくれる。アイリス、君は君のままでいいんだ」
「うんっ」
心臓なんて動いていないはずなのに、鼓動がドクン、と高鳴ったかのようだった。
胸の中で、ぱあっと花が咲いたみたいになり、モヤモヤしたわだかまりは一瞬で吹き飛んだ。
──あたしも大好き。
愛してるっ。
……ああっ!? やばい! やばいやばい!
お腹の奥がフワぁっ、ってなる!
ダメ! ダメダメだめぇっ、
「────っっっっ」
アイリスは、地面にペタンと座り込む。
しばらく焦点が合わず、動けなかった。
怪訝な顔をするレオと、呆気に取られるエリナ。
リュカだけが、全ての事情を理解して、気まずそうに目線を逸らしていた。
リュカは、プルプルしながら立とうとするアイリスへ手を伸ばす。
二人の様子を見て、エリナは胸の前で手を合わせながら笑顔になっていた。
「いいなあ。私も、アイリスさんたちみたいな夫婦に憧れます」
「こ、こっちも呼び捨てじゃなくていい。アイリスでいいよ……」
「俺もだ。リュカでいい」
「僕も、もちろんレオでいいよ!」
へへへ、と和やかな微笑みに包まれる。
──なぁんか、久しぶりに、穏やかな気持ちで話をしている気がするなぁ。
今まで、ゾンビなんてただのモンスターだと思っていた。
人間を襲うだけの、凶悪なモンスター。
白魔法で覆った聖騎士の剣で滅殺しなければならない、
でも、全然違った。
ソンビにも色々いる。
みんな生きてる。それぞれの想いを持って、願いを叶えたくて……。
「ねえ、それで、何? あたしの号令を遮ってまでリュカが伝えたいことは」
息子と似たようなしつこさを発揮して若干の恨みを
一刻を置いて、リュカは話す。
「言いにくいんだが……さっきのエリクサーの話、おそらくそれは迷信だ」
「…………え」
エリナの表情が、スッと絶望に包まれる。
さっきまで、あんなに可愛く笑っていたのに、まさしく誰が見てもゾンビと言って差し支えないほどに生気を失い暗く沈んだ。
見ていられなくて、アイリスはリュカを問い詰める。
「リュカ、どういうこと?」
「ああ。話に聞いたことがあるんだ。はるか東方の国『イシス王国』の王が、賢者の石から精製したエリクサーを毎日のように飲んでいたと。その王は、半年以内に崩御した。おそらく、人体には毒だったのだろう」
空気が、凍りつく。
エリナは、震える唇を必死に動かす。
「……そんなはずないです。アステカに住むお医者さんが言ってたんです。それで、絶対に治る、って。リュカさんはお医者さんじゃないです。その王様は、初めからご病気だっただけなんです。亡くなった時期が、たまたまそうだっただけです。きっと治ります。だから、」
最後は、ほとんど消えてしまいそうなくらい小さくなった声。
エリナは泣いてはいなかった。
でも、表情を見て、アイリスはわかっていた。
きっとゾンビじゃなかったら、玉のような涙が溢れ、こぼれ落ちていたんだろう。
リュカは、弱々しいエリナの反論に、否定も肯定もしなかった。
ただ黙って床に視線を落とした。
──リュカの聞いた話が、単なる噂話って可能性もある。
あたしだってそう信じたい。ラウルのためにエリナが払った代償は、すごく重いから……。
でも、毒である可能性が否定できない以上、もう、ラウルに飲ませるわけにはいかなくなっちゃった。
それはエリナもわかっているはず……。
「……そんな」
小さく呟きながら、エリナは目線をウロウロさせる。
力なく地面に座り込んだ。
命をかけたのだ。
大切な人のために、どうしても渡したかった。
おぞましいネクロマンサーとの同居にも耐え、なんとか願いが叶うところだったはず。
アイリスは、エリナの顔をまともに見続けることができなかった。
やがてエリナは弱々しい笑みを浮かべる。
「……そうなんだ。私、無駄だったんだ。無駄死にだったんだ。そっか……」
地面の土を、ギュッと掴む。
垂れた
「……それでも」
やがて、決意を秘めたかのような声。
「会いたい。もう一度、ラウルに、会いたい。一目だけでも」
口をキュッと結んで懇願する。
エリナの目は、レオに向けられていた。
エリナの想いを受けたレオは、拳を強く握りしめて、目を逸らすことなくまっすぐに答える。
「ああ。絶対に、会わせてあげる。僕が、僕たちが、絶対に」
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