第10話 親子は似ている

 エリナは、うつむいて言いにくそうにした。

 やはり、訳ありなのだ。

 

「もしどうしても話したくないならいいが、俺たちに手伝えることなら手伝うよ」

「……私の大事な人──恋人だったんですけど。結婚を約束していた彼が、このアステカにいるんです。それで、その……その人が、難病をわずらっていて。その人に、病気を治す薬の原材料を持ってきたんです」


 アイリスは、リュカと顔を見合わせた。

 そして、「恋人」というワードでレオが表情を曇らせたのを、目ざといアイリスは見逃さなかった。


「そんな大事な用事だったんだ! ごめんね、色々尋ねちゃって……そりゃあ、まずはそっちを優先しないと!」

「そうだ。君一人じゃ聖騎士にやられてしまうかもしれない。俺たちも手伝わせてもらう!」

 

 なんだかこの街の聖騎士を根こそぎぎ倒してしまいそうな気迫のリュカとアイリスに、エリナは慌てた。


「ちょっ、まっ、待ってください! 私は、できれば人間──というか、ラウルの家の従者たちを傷つけたくありません。これは私の問題なので──」


 パタパタと手を振るエリナ。

 遠慮されると、手伝い気持ちが余計にウズウズしてくる。

 アイリスは畳み掛けた。


「大丈夫、あたしたちに任せといて!」

「待ってあげてよお母さん、詳しく事情を聞く前に、そんなふうに強引に好意を押し付けちゃ、ありがた迷惑になるかもだよ。彼女の気持ちも考えないと」


 レオに説教される。

 何歳だお前! と言いたくなる。

 

「あのね、レオ。困ってる人は助けなさい。それが国に使える者の矜持きょうじというものだよ」


 人差し指を立てながら、胸を張って言った。

 これだけは、間違ってない! とアイリスは自信を持っていた。


「その意見には僕も賛成だけどさ。もう少し話を聞こうよ。まだ事情がよくわからないよ。ちょっとせっかちすぎるんじゃない? もっと冷静になろうよ」


 ──くそぅ。十歳やそこらの小僧に、こんなふうに言われるとは。

 あたしだってちょっとくらい、母親らしく、リーダーっぽく振る舞いたい。

 リュカだって、あたしに賛成してくれたのにぃ。


 レオをチラチラしながら悔しがるアイリスの頭を、リュカは何かを悟ったような顔をしてポンポンしてやる。

 むうう、と唸る母を尻目に、レオは落ち着いて話を進める。


「難病にかかっているラウルさんは今も生きているのに、エリナさんは死んじゃったの?」

「『さん』はつけなくて良いですよ、エリナでいいです。……彼の病気を治せるのは、『エリクサー』と呼ばれる不老不死の霊薬だけだと医者から言われました。エリクサーの原料は、ハーミットバレーの奥に転がっているとされる『賢者の石』なんです。だから、私はそれをとりに行ったんです」


 ──健気けなげな話だなぁ。

 でも、確かハーミットバレーは、かなり危険な場所だったはず。

 崖だらけだし、強力なモンスターがいたって記憶があるけど……。 


「森を出て、峡谷に入ったところでカーティスに出会いました。彼は貴族のような服装をしていて、美しい紫色の髪の、狐のような目をした男の子だった。優しい顔と声で近づかれ、私は気を許してしまいました。私は、彼に後ろから刺されました」


 エリナは、ふう、と息をつく。

 後悔が、顔にありありと現れていた。

 

「気がつくと、彼は仰向けに寝る私を覗き込んでいました。彼はすごく嬉しそうで。『やっぱり綺麗だ!』って。起き上がった私の両肩を手で掴んで、キラキラした目をして。飛び跳ねて喜んでました」


 エリナは顔を伏せる。


「彼は、私にプロポーズしました。『結婚して欲しい』って。『絶対に幸せにする』って。森の奥にある湖面に映った自分の体を見て、愕然がくぜんとしました。灰色になって、瞳は紫色に光って。カーティスからは、『君を、僕と同じアンデッドにした』って説明されました。……もう戻れない。ラウルの元には戻れない、って思って、私は……」


 エリナは、その場に崩れて泣いた。

 静かに嗚咽おえつを漏らし、しばらく話せなかった。

 レオが拳を握りしめたことに、アイリスは気づく。


「……許せない。何が幸せにする、だ。自分勝手に人の命を奪いやがって!! お父さん、お母さん、行くよ!! 今すぐそのカーティスとかいうクソアンデッドをぶち殺してやる。自分が一体何をしたのか、骨の髄まで思い知らせてやる!!」


 ──ええ〜〜……。

 冷静に、とか言ってたのは誰?

 ……でも。なんかちょっと嬉しい。

 レオがこんなに熱くなることなんて、今までなかったから。

 

 とりあえず、逆に冷静となったアイリスがレオを落ち着かせようとする。

 

「レオ。術者をぶち殺したらエリナも死んじゃうよ。落ち着いて、まずはエリナの目的の『持ってきた薬の原料をラウルに渡す』っていう用事を済ませようよ。てか、あなたお腹が減ってたんじゃないの? 先にご飯を──」

「ご飯なんか食べてる場合じゃない! 一刻も早くエリナのために動かないとダメだ! 今すぐそのバカネクロマンサーに文句を言いに行ってやる!!」


 わぁ……とアイリスは口に手を当てて感嘆する。


 ──わかりやすくベタ惚れだ。

 でも、ゾンビだよ?

 レオ、どうする気なんだろう。

 まあ、どうするとか考えてないか。愛は盲目、だもんね!


死霊秘術師ネクロマンサーでありながら、アンデッドでもある──か。話からすると、カーティスはリッチかもしれないな。戦闘用の能力はわかるか?」


 リュカの問いに、エリナは首を横に振る。


「その通りです。自分で自分をアンデッド化した『リッチ』だと、彼は私に言っていました。それに、『自分は魔王死霊軍の武将だ』とも自慢してました。

 ただ、彼が魔物を倒すところは何回か見ましたが、能力はよくわかりません。風の音がしたかと思うと、魔物は切断されて倒れてるんです。あの森の中の魔物は、森の外よりかなり強いはずなんですが──」


 話の途中で「ビキッ!」と音が鳴る。

 今度はリュカが拳に力を入れていた。


「リルルの手下か……くくく。面白い」


 リュカの瞳は、一足飛びに狂気へと染まっていく。

 こちらはレオと違って、到底アイリスでは止められる気がしなかった。


「今すぐにでもぶち殺してやりたいところだよ。貴様が一体何を奪っていったのか、骨の髄まで思い知らせてやる」


 ──やっぱり似てるなあ、二人。 

 でも、ぶち殺さないでね。エリナ死んじゃうから。


 簡単に沸点を越えて熱くなる父子おやこを眺めながら、アイリスは後ろで手を組んで、一人ニコニコしていた。

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