第9話 ゾンビ少女

「あなたゾンビだよね」


 黒ローブの少女へ、率直に尋ねるアイリス。

 少女は、体に力が入っているのがよくわかる様子だ。


「え、えっと。まあ……そういうことになりますかね……」

「こんなところで、何してるの?」

「あの、すぐそこにある『アステカ』っていう街に、用があって。でも、その途中でオークに見つかっちゃって……」


 その少女は、「ゾンビ」というにはあまりにも可愛らしく、か弱く、果たして本当に人間を襲うのだろうかと疑問に思ってしまうほどだった。


 ──今思ったのだけど、ゾンビって、実はそんなに強くないのだろうか。

 だって、あたし、生前と何かがそんなに変わった気はしない。

 リュカだって、生前の強さをそのまま残している印象だし。まあ、ゾンビの弱点である白魔法は使えなくなっちゃったけど。


 首を捻ってう〜ん、う〜んと唸りながら考え込むアイリス。

 その様子を、目をパチクリさせながらじっと見つめていた少女ゾンビは、硬かった表情がいつの間にかほぐれていた。


「あの……。もしかして、アンデッドになって間もないんじゃないですか?」

「えっ? どうしてそう思うの?」

「まだ肌の具合が新鮮だな、って思って」


 なるほど。

 確かに、さっき自分で懸念していた通り、ソンビの体はどんどん腐っていくのだ。普通にキレイな肉が残っている時点で、死んでからさほど時は経っていないと判断できる訳である。


 そういう観点で、アイリスはこの少女のことを再度観察してみた。

 鎖骨のあたりが僅かに欠け、それ以外にも、肌がほころんでいるところがある。

 外力による損傷なのか判断できない。もしかすると、ある程度腐敗が進んでいるのかもしれない、と思った。


「お礼と言うほどのことはできないんですけど……行くあてがなくて困っていらっしゃるなら、もし良ければ、ゾンビの街『ゾンピア』への入口へご案内しましょうか? 私はこの近くにある人間の街『アステカ』に用事があるので、それを終えた後ならご案内できますが」


「えっ、ゾンビの街!?」


 聞いたこともない謎ワードに、三人はびっくりしていた。

 まさかそんなものがあるなんて、想像だにしていなかったのだ。

 腐った死体ばかりがウロウロしているイメージしか湧かない。一瞬「そんなところへ行って何になるのか」と気持ち悪くなった。


 しかし、よく考えれば自分たちだってゾンビなのだ。

 意思疎通が図れるゾンビたちと交流できれば仲間も見つかるかもしれないし、ゾンピア自体が、リルルと渡り合うための隠れ家になるかもしれない。

 それは、レオが口にした「今自分たちに必要なもの」だ。


 行ってみる価値はあるかもしれない、とアイリスは思った。

 それに、「アステカ」はアルテリア王国領の街。そこなら人間が食べる食料も手に入りやすいだろう。


 レオはお腹を空かしているし、アイリスだっていろんなことが起こり過ぎて精神的に少し疲れていた。

 ゾンビのくせに精神的に疲れる・・・・・・・とか意味不明だったが、現実として謎に疲れちゃうので休みたくもなるのだ。どうやら「疲れ」とはメンタルが影響しているらしい。

 いずれにしても、まずはゾンビ世界の情報収集を兼ねてこの少女についていく価値はある気がした。


「そう? じゃあ、お言葉に甘え──」

「アイリス」

「リュカ。どうしたの?」


 リュカは、アイリスの言葉を遮って少女へ尋ねた。

 

「さっき君はアステカに用があると言ったが、あの街にはアルテリア聖騎士団の駐屯基地がある。見たところ、君はすでに腐敗が進みかけている。そんな黒いローブをまとって夜中にウロウロすれば巡回する聖騎士に職務質問されてしまうし、ローブを脱げば完全に腐敗がバレてしまう。いったい何の用事で行くのか知らないが、大した用事でなければ中止した方が賢明だ」


 確かに、リュカの言う通り、この少女がこのまま人間の街へ行くのはリスクが高いとアイリスは思った。

 アルテリアでリルルに襲われた時、リュカは「臭い」で看破した。

 アンデッド殲滅のスペシャリストである聖騎士の鼻を誤魔化すのは、見た目にいくら手を加えても、そもそも厳しいのかもしれない。


 それに、腐敗した肌もさることながら、少女は、黄金の鎖に大きい紫色の宝石が付いた目立つネックレスを首から掛けている。ゾンビ特有の濃い灰色の肌の上にキラキラと輝いていたので、恐ろしく浮いてしまっていた。職質するには格好の違和感だ。

 

 少女の姿を自分たちに重ね合わせ、不意にアイリスは気分が沈む。


 この少女の姿は、自分たちの明日なのだ。

 人ごとではなかった。 

 人間たちに追われ、退魔され。

 自分はそんな最後を迎えるのだろうか、と。


 ゾンビ少女は、うつむいて言った。


「ありがとう。心配してくれてるんですね。……でも、それでも私は、行かなきゃならないんです」

「……どうしてだ? ゾンビには、人間とは違う何らかの事情でもあるのか」 


 思い詰めたような顔をする少女は、少し迷っていたが、やがて話してくれた。


「そうですね……助けていただいたのに、自己紹介もせずにごめんなさい。私はエリナ。ネクロマンサー『カーティス』の死霊秘術で一週間くらい前にアンデッドとなりました。生きていた頃の年齢は、一六歳です」

「そうか。俺はリュカだ。こちらは妻のアイリスと、息子のレオ。だが、『術者が誰か』までは尋ねていないよ。だから、俺たちもそれについては教えない」


 ──そりゃそうだ。

 自分をアンデッド化したネクロマンサーが死ねば、自分も死ぬ。

 アンデッドは、生きるためにはどんな手段を使っても術者を護らなければならない。

 てか、アンデッドが「生きる」とかまた意味不明だ。もう、ほんとに頭が疲れてきた。

 だけどこの状況じゃ、誰がこちらの術者か一目瞭然すぎるなぁ。

 

「……術者はレオ君、ですよね」

 

 さすがに瞬殺でバレる。

 リュカは、フッと笑みを浮かべた。

 レオは天井を向いて口笛を吹く。


「お父さんと、お母さんを、蘇らせたんですか?」

「……うん」


 レオは、視線を床に落として表情を暗くした。


 アイリスは胸の辺りがギュッとなる。 

 レオが気丈に振る舞っていたので、アイリスはすっかり忘れてしまっていたが、レオにとっては、両親が皆殺しにされたのだ。


 アイリスとリュカは、厳密にはもうこの世にはいない。

 単に呪術で、自我がこの世に引き留められているだけ。

 ふとした拍子に、いつ霧散してしまうかわからない。ずっと一緒にいられる保証など無い。

 アイリスも不安ではあったが、レオはきっと、もっと不安でいっぱいだっただろう。


 アイリスは、レオの肩に手を回した。リュカは、レオの頭を優しく撫でた。


「ごめんなさい。立ち入ったことをお尋ねして」

「気にしなくていい、先にこちらが尋ねたことだ。申し訳ないが、俺たちはまだゾンビ事情に詳しくなくてね。だから、君がどういう目的でこんなところを彷徨さまよっていたのかを教えてもらえれば助かるかな。ついでに、うちの息子にご飯を食べさせたいのだが、何か名案があると、もっと助かる」


 良いタイミングでギュルル、とレオのお腹が鳴る。

 それを聞いて、みんなが顔を緩ませて笑った。


 エリナは、笑顔になると年齢よりも幼く見えて、真顔よりも格段に可愛くなった。

 それを見て、レオは顔を赤くし、まばたきを何回かしながら目を逸らし、それから顔ごと逸らした。

 さらにそれを目ざとく見ていたアイリスは、おー? という顔をする。

 

 ──ゾンビに恋する少年かい?

 なんか、報われない恋、って感じだね──……。ゾンビのあたしが言うのもなんだけど。

 それにしても、こういうのが好みなのか、こいつ。初めて知った。

 あれ? そういやこの子、レオがあたしの追跡を逃れるために変装した青髪の少女にどことなく似てるかな。特に、顔とか表情が……。

 確かあの子も一五、六歳くらいに見えた。レオは、年上お姉さんが好きなのか。ふむふむ……


「ふ──……。笑っちゃってすみません。ご飯は、ゾンビの街『ゾンピア』に行けばありますよ。大勢のネクロマンサーが自分のゾンビを従えて訪れるので、人間のネクロマンサーをターゲットにした飲食店もたくさんあります。ただし、お金は必要ですが」


 やはり、どうやら「ゾンピア」には行ったほうが良さそうだ。

 とりあえず、当面の目的地は決まった。


「でも、そんな街があるなんて、聞いたことないけど」

「この『迷いの森』の中にも入口があります。どうやら世界各地に入口があるようですけどね。アンデッドとネクロマンサー以外が通過しても門を開かないようになっている、ってカーティスが言ってました。私は行ったことありませんので詳しくはないですけど」

「そうなんだ。どうして、行かないの?」


 エリナは表情に影を落とす。

 どうやら、他人には言いにくい事情がありそうだ。

 そう思ったが、噂話や井戸端会議が大好物なアイリスは、好奇心を抑えることができなかった。


「……カーティスは、人付き合いが好きではありません」

「あなたは、カーティスと二人で暮らしているの?」

「ええ。私たちの住処すみかは、仙人谷せんにんだに──『ハーミットバレー』と呼ばれるところにあります」


 ──ハーミットバレー。

 なんか聞いたことある気がする。

 なんだっけ?

 うーん……。


 そうだ。確か……昔、薬草学の勉強をさせられていた時だったか。 

 不老不死の薬の原材料になる「賢者の石」が、そこにあるんだ。

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