1-4

 彼女はぼうっと視線を泳がしたまま、特に何かを話すでもなく、静かにその場に佇んだ。息を飲み込む音だけが、鮮明に耳元に届く。自分の呼吸をかき消すような、そんな錯覚を抱いた。


 本当に、これでよかったのだろうか。


 俺なりの最善策を取ったはずなのに、それが最善だったのかどうかを、未だに心に迷い続けている自分がいる。いいや、迷っているわけじゃない。どこか取り返しのつかない要素が心にわだかまるような、そんな痛みが心をチクリと刺して仕方がない。


 別に、俺は伊万里のことが好きではない。


 でも、嫌いでもない。


 単純な恋愛感情に例えることが嫌なだけで、友愛と言えるようなものでは彼女が好きだ。


 だからこそ、俺の心は痛み続けている。


 彼女の表情が、いつまでも孤独を飾り立てているのが、どこまでも痛く同調してしまうのだ。


「なあ」


 俺は彼女に声をかけた。


 このまま、何もしない、というのはどこか癪だった。


 一週間前に、愛莉と交わした約束を思い出す。その約束に報いるためにも、俺はここで行動をしなければいけない。前を向くために。


 彼女は俺のことに視線を合わせた。


 潤んでいないはずなのに、どこまでも反射してくる眼球の表面に俺の目が映る。彼女が俺の視界をとらえていることがよくわかる仕草。


「今日、やることあるんだろ。さっさとそれをやってしまおう」


「……やること?」


 彼女はわからない、というような視線で俺を返す。その視線はどことなく期待をにじませようとしている雰囲気がある。


 その期待に応えられるかはわからないけれど、ともかくとして、俺は言葉を彼女に付け足していく。


「ほら、勧誘活動するとか言ってただろ。昼間に言っていたじゃないか」


「……別に、生徒会長が入会してくれたので、もう大丈夫でしょう。どうせ、私は人見知りですし」


 彼女の言葉には諦観が宿り続けている。そう言葉を吐くことで諦めることを肯定しようとしている。


 やはり、彼女はどこか子どもっぽい。縋るような視線も、諦めることに対しての理由付けも、すべての所作が、心理的な動作が子どもっぽい。


 諦めるのに理由なんていらない、縋ることにも理由なんていらない。それなのに彼女はわざわざ理由をつけて、そうして自分の言葉と行動を正当化しようとしている。


 それが、するべき選択だというように。


「それだったら、俺がやってみるからさ」


「……高原くんがですか」


「ああ。一人は勧誘した実績があるわけだし」


 まあ、その詳細はひとつの脅迫でしかなかったのだが。それでもその実績については確かな価値がある。


 俺は彼女のことをよく知らないし、彼女も俺のことをよくは知っていないだろう。だからこそ、俺にできる行動というものがあるような気がする。


「確かに、それはそうですけど……」


「なんだ? 不満か?」


 彼女は訝るような視線で俺を見つめた後に頷いた。


「コミュ障の高原くんが勧誘なんて、想像もできないです」


「……これでも、中学では彼女がいたんだぞ」


 半分以上の事実を彼女に語る。半分以上というか、事実ではあるものの、それが長年連れ添ってきた幼馴染であると考えると、半分か、半分以下、という感じもしない。


「見栄を張るのはそこまででいいです、むなしくなるでしょ?」


「お前、少しは信用しろよ……」


 そうして、俺は携帯を取り出す。


 携帯の画面には、縋るように置かれた愛莉とのツーショット。無愛想な俺の顔と、にっこりと微笑んだ愛莉の姿。


「えっ? は?」


「な? これでわかったろ。俺は元リア充というやつなんだ」


 彼女は信じられない、というようにぎょろっと瞳をのぞかせて、ひたすらに訝るような視線で俺を見てくる。


 そして、息を吐いた。


「……今どき、レンタル彼女というやつもいますもんね」


「お前、そろそろ許さねえからな」


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