3話 幼年学校と下位民族の少女

 ―エンティオ人カミングアウトから1年と少し―

ヴァルター・リンク・ランシュタイン、7歳半になりました。転生して、一から人生をやり直せると思ったらもう7歳。子供の成長は随分と早いものだと実感した。


 俺は今、『リンクシュタット幼年学校』の2年生だ。リンクシュタットとは日本でいうところの〈県〉みたいなもので、ランシュタイン家の領地であるリンクランツは、そのリンクシュタットに含まれる。どっちもリンクが付いてややこしいが、地名とはそういうものだ。

シュタットのほうが上だと覚えるのがいい。


 学校には古風らしく聖堂が設置されており、聖堂の中央にはヴィクトル人の象徴である『十字架と五本の剣』のエンブレムが飾られている。

なんとも厨二くさい。ちなみに俺はこの世界の、特にヴィクトル人の宗教に興味がないので、聖堂には行ったことがない。

そもそも俺は転生者である上に、当のヴィクトル人が迫害の対象とするエンティオ人の子だ。そんな聖堂に行くなんぞ、愛する家族に失礼だ。


 学校での成績はもちろん最上位クラス。

そこはやはり転生者の特権というか、当たり前というか。

そもそも俺は、前世では学歴こそないが、そこそこ学力は高いほうだった。

前世で死んだのは二十歳の時だ。そん時の勤め先は、軍だ!しかも軍の任期中に自分で化学の勉強をして、兵務開発局に配属されている。同時に軍事学も独学で勉強。用兵の基礎なら脳に染みついている!


ここから成績トップで卒業後、青年学校へと進学し!異世界で無双しました系主人公に!…とはいかないのが現実問題。

入学前に父から言われた『自分の力をひけらかすな』という言葉を忘れてはいない。

俺が目立つことで、エンティオ人であることがばれるリスクが高まる。もしも感情が高ぶって皮膚の模様が出てきたら、目立つ俺は一発でエンティオ人認定。間違いなく迫害される。


 家族を危険に晒すマネはできない。過度な期待をせず、平穏に生きるんだ。


 あくる日、魔法技能の教科がやってきた。俺にとっての天敵となる時間である。

俺は確かに成績優秀だ。…座学だけは。

俺は、というかエンティオ人は魔法の潜在能力が極端に低く、そもそも使える奴自体が多くない。幸いにも、ランシュタイン家の面々は低レベルではあるが一応使える。使えなかったらマジで詰んでた。 


 眼鏡を掛けた細身の担当教師が、実践前の解説を始めた。


「魔術とは、皆さんの体内に潜在する〈サンクトス因子〉を引き出し、周囲の物質に含まれる元素と反応させることで、発動されます。この小さなろうそくに火が付いていますね?皆さんにはまず、この小さな火を、魔術によって大きくする動作を覚えてもらいます。では、先ほどの説明したとおりに、始めてください。」


ほー。この世界の魔法はどうやら、よく異世界モノで見るような詠唱を唱えたり、何もないところから火や水を出せる感じではなく、元となる物質と元素とやらがなければ発動ができんらしい。エンジンを一瞬動かすのに、少量のガソリンを入れるのと同じか。


全員が一斉に、小さな火に向かって魔術を発動させようと躍起になる。まだかわいらしい意力だが、みんなヴィクトル人なだけあって、簡単に発動する。当の俺はというと…、彼らに比べたら雀の涙ほどしか出ない。


「ファイアーブレスッ‼」  「おおッ‼」 パチパチパチパチ


今しがた小規模な炎系魔法を発動し、賞賛を受けたのはクラスメイトの

『マルクス・ミート・ターリーズ』。名前の形式からわかるように、こいつの家はリンクシュタット内の一部領地を治める上流階級だ。家のレベルでいうと、ランシュタイン家よりちょい上くらいらしい。


「マルクス君すごーい!もうそんなの覚えたんだ!」

クラスのカワイ子ちゃんから羨望のまなざしで見られ、きれいなドヤ顔を決めるマルクス。朝から時間をかけてセットした感のある黒髪を、サっ!とかき分ける。


 そんな彼らを尻目に、一人の少女が同じ炎系魔法を発動する。


「ファイアーブレス。」


技名だけをボソッと出した彼女。俺たちは彼女の静かな発動と、意力のギャップに度肝を抜かれた。彼女の手のひらから、マルクスのものとは比べ物にならない火の玉が形成され、周囲のものを爆風で吹き飛ばした。


 彼女の名は『レイナ・パトリシア』。名前からわかるように、一般家庭の子だ。俺はさっき、成績は最上位クラスと言った。だが1位だとは言っていない。このレイナこそ、俺が1位を取れない原因である。この子は驚くべきことに、魔法はともかく座学などでも俺に匹敵する成績を叩き出す『優等ofthe優等』。


 そんな彼女には一つ気になることがある。彼女の容姿は、青みの強い澄んだ色、エルフ耳ほど尖ってはいないが、若干尖った形の耳。

彼女は、今こそヴィクタリア帝国の下位国民だが、エンティオ人と同じ劣等種だと言われていた民族、『クーペルト人』だ。


「おいッ!レイナッ!」


マルクスが、気に食わないと主張するようなツラでレイナに詰め寄った。どうやらマルクスの炎が、さっきの爆風に押し負けて消えてしまったらしい。マルクスはレイナに散々な罵詈雑言を浴びせ始める。しかし、誰もそれを止めようとはしない。もう見慣れた光景だから。


 マルクスは何かとレイナに突っかかる。理由は単純。レイナがクーペルト人だから。自分たちヴィクトル人より格下の人種にあっさりと負けることが、奴にとっては悔しくてならない。あと、ここまで責め立てられているのに、ずっとすました顔をしているレイナに腹が立つんだろう。

 だがレイナの仕打ちなんてまだマシだ。エンティオ人なら真っ先に殺されてしまうかもしれないからな。


「ヴァルター君ッ!何をサボっているのですか。ちゃんと授業に参加しなさい。」


しれっと見学体制を維持していたのが、流石に担当教師にばれた。


(しゃーない…。やりますか。)


重い腰を上げるしかないな。




 ―あくる日の放課後―

 俺は面倒な出来事に遭遇してしまった。

人気の付かない場所。マルクスがレイナを呼び出し、散々に文句をぶつけている。

「貧困クーペルトのくせに‼」「俺の邪魔をするな‼」など聞くに堪えない差別的発言の数々。これが、

日本では馴染みのないことだが、ヨーロッパやアメリカでは、こんな差別が少なくなかったんだと思うと、前世の話でも恐ろしくなってくる。

だがマルクスは特にひどい。the・自己中我がままお坊ちゃまって感じだ。まぁ、魔法はそこそこできるほうなのは間違いないけど。


「大人たちはみんな言ってるぞ⁈クーペルトが出しゃばるような真似をするのは非常識だってな⁉」


 それにしてもよくレイナは、ここまでの扱いを受けてだんまりしていられるな。そんなに立場が弱いのかね?

と、思っていた矢先だった。


「…、…ッッッ‼もう!うるさい!あんたホントに何様のつもりなのよッ‼あんただけじゃないッ!この国の人たちみんなして私たちの事下位国民って扱いして‼私だってあんたと同じ人間なのに…!」


(あぁ…、とうとうキレたかぁ。まあそらそうだわな。キレないほうがおかs…て、えっ⁈)


「ッ!黙れッ⁉」


マルクスがレイナに掴みかかりやがった⁈


「ちょいちょいちょい!それはダメだって!」


考える前に、体が動いていた。レイナに掴みかかったこのクズを引き離そうと、俺は必死に間に入った。なんとなくだが、女に手を出したこいつにものすごく腹が立ったのかもしれない。


「マルクスッ!お前いい加減にしろって⁈上流階級のプライドがどんなもんか知らんけど!ちょっとは虐げられる側の気持ちにもなったらどうだ⁉」


前世で人間不信拗らせて、友達の一人もできなかった俺が、他人の為に怒るとは。誰が想像できただろう。


「んだよお前ッ!普段無口の関係ないやつがしゃしゃり出でくんな‼」

「無口は関係ないだろッ!無口はッ!誰が陰キャだこのギザ野郎ッ!」

「誰も言ってねぇよ⁉てかなんだよ陰キャって⁈」


急に関係ない奴が助けに入ってきて意味不明なケンカを始めた光景に、レイナは唖然としていた。


「ちょちょッ!ヴァルター君もういいからッ!」


大体なぁ!碌なことにならんぞ⁉」

(あれ?俺なんでこんなくだらないことで興奮してるんだ?あれか、転生したら優しい家族に恵まれて感情が富んだから、下手に他人を助けていい気になろうとしてるのか?くだらない。)


 なんだか体のあちこちがピリピリしてきた。興奮しすぎると体ピリピリする症状なんてあったっけ?

…、マズいッ⁈


「ッッッ!邪魔だ!ファイアーブレス!」  


(…え?)


マルクスは俺に向かって魔法を発動してきた。こんなものは良ければ済む話なのだが…、俺の眼前にある光景は、俺の精神を大いにかき乱した。


(ッッッ⁉死ぬ死ぬ死ぬし死ぬ死ぬ死ぬ死ぬッッッッッッッッ⁉ア゛ア゛ア゛ア゛悲鳴ア゛ア゛ア゛ッ‼)


それは間違いない。前世で俺が死ぬ瞬間に観た光景と同じだ。開発局の爆発事故に巻き込まれた時の、俺を包みこむ爆炎。

俺は一瞬でパニックを起こし、その場に倒れ込んでしまった。


「はぁ…はぁ…はぁ…。は…あ?」


レイナとマルクスは、俺に奇妙な視線を向けてくる。レイナは単なる驚愕の目。マルクスは…、驚愕と蔑みの目だ。


俺は我に返り、自分の体を確認する。あぁ…ばっちりと浮き上がっていた。


「お前…ッ!それまさか⁈」 「ッ‼」


マルクスはどこかへ走り去っていった!


「ヴァルター君ッ!こっち!」


レイナが俺の手を引っ張り、匿ってくれた。


― 俺は、その後の事は覚えていない。あまりにパニックになりすぎた。前世の死の記憶でここまでパニックを引き延ばしたのではない。エンティオ人であることがばれたこと。しかしレイナが、彼女を助けた恩か、俺に対する同情かわからないが、俺を匿ってくれたことだけは覚えている。その後俺は半日、家に帰らなかった。いや、帰れなかった。何かの恐ろしい予感による胸騒ぎが、あの瞬間からずっと俺を包み込んでいる。その予感が何なのかどうかを確かめるのが怖くて、家に帰れなかった。  

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