近づく。

『そんなサイコーインくんと一緒にいられるだけで、あたしたちは幸せなんだぁ。』

『ですから、他の誰かと一緒にいたり』

『仮に愛し合っていたりしたとしても』



『わたしたちは────』


…あれから二日。

俺たちは考えた。

あの二人が『別の人と最高院が結ばれてもいい』と明言している以上、〈最高院と他の女を結び付けて茜崎をあきらめさせよう作戦〉には、決定的な穴があるんじゃないかと。

 ─例えば。最高院と〈適当な女〉が結ばれたとして、それを悔しがることも妨害することもなく、ただあの男を想い続けるだけで学生生活を…下手したら一生想い続けてそのまま終わってしまう可能性。

 ─例えば。最高院と〈適当な女〉との間で繰り広げられるであろう決定的で完全な恋愛を見せつけられた結果、絶望に耐えられなくなった女子たちは全員、この先の人生をあきらめるほどの…選択をする可能性。

 …机上の空論と言われればそれまでだ。

 恋なんて思春期特有の病気のようなものだと言われればそうだ。

 超能力なんてのを考えるのは中学生まで、と言われればそうだ。

 

…でも、あの日見た発光体と、そのあとのやばい現象。

ただの夢物語だと放置するなんてできないほど、あの光景は網膜に焼き付いていた。

…。

『ゆーやくーん!!!あのねーー!!』

『裕ちゃん!遊びに来たよ!!』

『シスター!!!…え、この呼び方変かな?漫画で仲のいい相手にはこういうって読んだんだけど…。』

…。

『小さい頃っ!!結婚の約束した人だったんだ!!!!!!!!』

……。


「…くそっ。」

「どうした志摩。次、お前が読み上げる番だぞ。」

「あーはいはいっと。『こら、ゲームは30分までといっただろう!と怒られました。』」

「そんな話載ってねぇだろ。てか今やってるの、歴史の授業だぞ。」




放課後。

 誰もいない教室で、ゴスロリで個包装された志摩、ギャル、美鳥姉、友崎は再び集まっていた。

空気はしんと静まりかえっていて、夏の虫の音だけが響いている。


ギャルの中心人物・不二華は机に脚を乗せ、腕を組み、くわっと目を見開いてつぶやく。

「夏が…近い。」



「は?」

唐突な意図のわからない発言に志摩は「なにいってだこいつ」という意図を隠しすらせず口に出した。


「だから夏休みなんだよ?!もうすぐ!友とどっかに旅行に行ったり遊び惚けたり酒池肉林したりできる!!そんな夏休みがっ!!今あーしの目の前にあるっ!!」

 

 不二華は大袈裟な身振り手振りとともにそう吠えた。頭に縫い目とかついてなさそう。


「…それ、ここで話す必要があるか?」


「…くっくっく。ことの重要性をわかっちゃいないようだね、侮ってもらっちゃあ困るよ友P。あーしの調べが正しければ、夏には恋愛イベンツが目白押しだってんだぜ。…海へ、山へ、それから夏祭りに宿泊学習。…そして、ひと夏の過ちッ…!!!」


「あぁ成程。確かにそういうイベントごとで最高院と誰かをくっつけてこの異常事態を終わらせられれば、この先のオレらの心配はなくなるわけだ。」

友崎はある程度、話の方向を理解した。


「…で、その最高院くんと〈だれ〉をくっつけるか、決まっているのかい?」

美鳥姉は問題点を指摘した。



 現在情報が集まっているのは〈最高院がどんなやつなのか〉のみ。その情報自体いまだ不安定だった段階で、くっつけさせる他の人。いわゆる〈生贄〉は決められていなくて当然であった。


友崎は唸る。

「オレはほとんど男友達だしな…」


ギャルたちもそこで頭を抱える。

「そっか~…あ~そこら辺考えてなかった~…!どうでもいいひとを友達に~なんて、できるわきゃないだし。」


美鳥姉は顔をしかめる。

「私はそもそも、その最高院くんとやらに会ったことがないんだ。というか彼にとって私…というか、教員の人たちはノーマークの可能性があると思う。職員室に来るのすら見たことがないからね。それにたとえ学校行事だとしても、教員こっちから生徒にむやみに近寄るのは怪しまれるだろうし…」




「しゃあねえな。じゃ、俺が行くか!」

ゴスロリ姿のTS娘、志摩がそう答えた。


…。

誰も、

志摩の提案に答えることはなかった。


「あ~。あっ、そういやあーし、サイコーインの前の学校の人たちと何人かつながってんだった!その子たち呼び出して、いざとなったら現場にドーンと参上させるってのはどう!?」

「それいいかもしれないな!前から好きだった人が旅行先で思い人に会う~なんて展開、恋愛に発展するしかねぇよな!!」

「…そうだね、私も教員として、何か根回しができないか考えてみるよ!」

「さ、流石っす不二華ちゃん!!一光年ついていくっす!!!」

「光年は距離ですよ。」

わいわいがやがや。


…。

「…なー志摩!お前もそれがいいんじゃ…志摩?」


「…それじゃあ、だめだ。」


「ッ…えぇ~結構いい案だと思ったけどな~」


「考えてくれてありがとう…ある意味ちゃんと使える案なのも、いいと思う…。でも、さ。これってだから、俺たち以外の人たちが被害にあうのはおかしいと思うんだ。」


「それを言ったら─」


「…だいたい、『俺らの友達が被害にあわないように~』とか言ってほかの人にくっつける作戦考えてたけど、そのほかの人たちにだって、大事な友達とか、その人を想ってる人とかがいるわけで…さ。それにくっつけた所で事態が好転するか今のところわかんないけど、でも俺ってこんなん男なのか女なのかはっきりしない変な奴だしさ。要するに─」


「ゼブラちゃん、流石にその先は─」



「周りを犠牲にするより、俺がやったほうが手っ取り早いだろ!?」


もしこれが漫画であれば。

ページの見開きに大きく『パァン!』という効果音とともに、男子生徒がゴスロリの女子生徒に平手打ちをしているシーンが描かれているであろう。


そんな一瞬があった。


じんじんと頬が痛む。

「…え。」


「志摩。二度とそれを言うのはやめろ。」

男子生徒は何かを押し殺しながらそう言った。


「…。」

起きているのか寝ているのか。見えているのか見えていないのか。そんな暗闇が志摩の瞳をぐるぐると染めた。



──────────「ゼブラちゃん?」


「…美鳥姉?」

気づけば、その教室には美鳥姉と志摩だけが残されておりました。


「みんなは…帰したよ。時間も時間だったからさ。」


「そっか…。」


教室に夕闇が差す。

「送っていくよゼブラちゃん。女の子の夜道の一人歩きは危ないからね。」


「はは、俺って女の子なんですかね?」


「君は、どっちがいい?」


「…どーでもいいですかね。」


「そうかい…好きな道を選ぶといいよ。」


「美鳥姉?」


「でもまぁ、友崎君に言われたことも、ちゃーんと考えないとダメだよ?」




「…はい……。」

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