感謝

「入間先生に話そう」

 体育倉庫の中で、松野さんにそう言った。

「入間先生なら、公平に判断してくれるよ。松野さんも色々と先生から尋ねられると思うけど、大丈夫?」

 松野さんはうなずいた。

 朝になり、体育の教師が鍵を開けた。どうしたのか、と言われたが、おれは「入間先生に話します」と言い、その場を松野さんと離れた。

 松野さんを保健室の前に連れて行った。

「私も行くよ」

「いいから、松野さんは保健室に居て。斎藤先生なら話しやすいと思うから」

 松野さんは何か言いたそうだったが、保健室の中に入って行った。

 おれは職員室に行き、入間先生に全てを話した。

「松野さんは今、保健室にいます。斎藤先生ならなんとかしてくれると思ったので」

「そうか、それは良い判断だな。春原、お前は大丈夫か?怪我もしてるし。お前も早く保健室に行け。後のことはおれが責任を持って動く。今日は早退してもいいぞ。ご両親に連絡しようか?」

「両親は共働きで家に今、居ないと思います」

 嘘を付いた。この時間なら母が居る。しかし、言っても迎えに来てくれないだろう。いや、体裁を気にして迎えに来るか。その方がもっと嫌だ。

 話し終えて、保健室に戻った。

「春原君」

 斎藤先生が話しかけてきた。

「松野さんはどうしてますか?」

「松野さんは、とりあえず寝かせたわ。疲れているようだったし。春原君の方が大変じゃない。怪我もしてる」

「たいした怪我じゃありませんから」

「念のため、病院に行った方がいいわね。手の空いてる先生に付き添ってもらおうかしら」

 おれは、大丈夫と何度も言ったが、斎藤先生は職員室に電話をかけた。

 

 どんな教師が来るか心配だったが、付き添ってくれた教師は2年生を担当しているようで、おれの知っている教師ではなかった。

 幸い、おれの髪を見ても嫌な顔をせず、心配そうに車でおれを病院まで連れて行ってくれた。

 幸い、骨が折れているということはなかった。カッターでの傷は医者に言わなかった。

「大丈夫?家まで送ろうか」と付き添ってくれた教師は言ってくれたが、おれは学校へ戻ると言った。松野さんのことが心配だった。


 学校へ戻ると松野さんは起きており、斎藤先生と何か話していた。

「春原君、松野さんから聴いたわ。ひどいことされたわね。入間先生も来られて松野さんからも話を聴いて、さっそく動くって言っていたわよ。だから2人とも心配しないでね」

「そうですか?松野さん、大丈夫?」

「うん、斎藤先生と入間先生に話を聴いてもらって少し楽になったよ」

 松野さんがそう言ったので安心した。

「ほら、春原君も寝なさい。あなたの方が寝てないんでしょ」

 そう言われたら少し眠くなってきた。おれは保健室のベッドに横になった。


 入間先生はすぐに動いてくれた。

「あいつらを問い詰めたら、最初は白を切っていたが、遠くから見ていた生徒がいることを伝えたら白状したよ。見ていたやつも先生に言うなりしてお前達を助けられたはずだけどな。校長や教頭も含めた先生方で会議してな。あいつらは退学になった」

「退学ですか?」

 おれは少し驚いた。退学までは考えなかったからだ。

「当たり前だ。あいつらがやったことは立派な犯罪。刑務所にぶちこんでもいいぐらいだ。だから、お前達は安心して学校生活を送ってくれ。もし、学校外であいつらと会った時もすぐに報告してくれ。そしたら、警察に関わってもらう。それから、松野と話したんだが、松野は保健室登校にする。クラスに行きづらいって言っていたしな。事情が事情だし、先生方も一応は納得してくれた。春原、お前は大丈夫か?」

「おれは、大丈夫です」

 嬉しかった。入間先生は本気で松野さんとおれを守ろうとしてくれている。


「斎藤先生、春原君が保健室に連れて行ってくれた日から私の事心配してたんだって。リストカットの後見たから」

 松野さんは保健室登校になり、斎藤先生に見守られながら自主学習を行っている。放課後は文芸部の部室で一緒に過ごし、帰りも一緒に帰った。

「ごめんね。春原君、こっちが家じゃないのに」

 松野さんが申し訳なさそうに言う。

「いいよ。どうせ家に帰っても、本を読むくらいしかしてないから」

「今回のことは大変だったけど、私達のために入間先生や斎藤先生は動いてくださって、部長と、鈴木先輩も心配して保健室に来てくださったりして、嬉しかったな」

 おれはうなずいた。

 中学の時、おれを守ってくれた教師はいなかった。だから、高校でもそうなのではないか、と思い込んでた。久々に周囲に感謝した。

「春原君、教室で何か言われていない?嫌な思いとかしてない?」

「それは、心配しなくていい。確かに噂は流れているけど、やつらが退学になったことで表立って言うやつはいなくなった。かえって、過ごしやすくなったくらいだ。松野さんは何も気にしないで」

 おれが、そう言っても松野さんは心配そうな顔でおれを見ていた。

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