第146話 番外編②「宮中蹴鞠大会」
——それはまだ、
ヘイアンの宮中には、蹴鞠ノ会なるものが存在している。その会には、やんごとなき公達だけでなく、禁中に仕える武官や文官らも所属していた。年に一度、宮中蹴鞠ノ会が主催する蹴鞠大会に、月から来た交換視察団のレイベス、フォルダンも参加することとなった。
「——折角、月より御越し頂いた御両人がおられるのじゃ。従来の蹴鞠大会ではなく、二対二の勝ち抜き戦と参ろうではないか」
宮中蹴鞠ノ会頭目の
「二対二かぁ。おれらが組んで、負けるゲームなんてねーよな、ベス!」
「ええ。必ずやカーヤ王妃に勝利を捧げます。それに、月の視察団として、地球人に負ける訳にはいきませんからね」
勝気に笑うレイベスとフォルダンに、「ええ。必ず勝利しなさい」と、カーヤが愉快そうに命じる。その隣で、「お二人は、蹴鞠もお上手そうですもんね」と麒麟が褒める。
「折角じゃが、そなたら月が視察団は、
「え? 何故です、浄照殿。月と地球の存亡をかけての、蹴鞠大会ではないのですか?」
「左様な重たき競いではないわ。
「なんだ。おれらが勝ったら、一日帝体験とかさせてもらえると思ってたんだけどなー?」
「だん殿が帝か。其れは、何とも面白き世になりそうじゃな」
実泰がフォルダンの世を想像し、笑った。
「では早速、組み合わせを決めるとするか。ちなみに、わしと実泰殿も参加するでな。そなたらは、
「ええ~、おれは実ちゃんかな~。だって、
唇を尖らせてそっぽを向くフォルダンに、「わしは左様に、短気ではあらぬぞ」と、不満げに浄照が言う。
「ふふ。私は浄照殿と同じチームで構いませんよ。一緒に優勝目指して頑張りましょう」
優美に笑うレイベスに、「そなたと組めば、勝利は確定したようなものよ」と浄照も笑った。
「むう! おれらだって、絶対優勝するもんねー! ねえ、実ちゃん!」
「ああ。負ける訳にはいかぬな」
ぐっと気合を入れた実泰が同意する。
「あ、でもさ、おれら四人は決まったけど、帝サンは? 帝サンは誰と組むのさ?」
フォルダンに指摘され、微笑ましく見ていた
「おれは蹴鞠なんて、優雅な遊びは得意ではないですから」
「麒麟はそうじゃなぁ、……諸国全般より帰還した、不動院満仲殿と組むのは
実泰の提案に、麒麟がいやいやと首を振る。
「あの御方は、このような宮中行事には参加されませんよ。面倒臭がりますからね」
「確かに
ひらめいた浄照が、今回の宮中蹴鞠大会の全容をしたためた。それを宮中のいたるところに張り出し、満仲もそれを目にした。
「……ほう?
そうして、満仲が御簾に鎮座する麒麟の下に訪れた。
「——というわけじゃ、麒麟。共に大会に参加しようぞ」
バチンとウィンクして、大会参加を促す満仲。浄照の策に見事に
「なんじゃ、麒麟。わしと組むことに不満があると申すか?」
「い、いえ。しかし、このような宮中行事に参加されるなんて、
「確かに昨今の宮中蹴鞠大会なんぞ、くそつまらぬ以外、何物でもなかったが、此度は趣向が変わったでな。
「趣向? ああ、一等の勝者には、何でも褒美をくれてやる、というやつですね」
「そうじゃ。何でもじゃぞ。ふふ。此れで参加せぬ公達など、まずおらぬじゃろう。麒麟よ、
「おれはー……」
うーんと考える麒麟が、やがて一言呟いた。
「おれの褒美はもう、もらっているようなものですから」
嬉しそうにカーヤを想うその表情に、「っけ!」と満仲がつまらなさそうに、そっぽを向く。
「そういう
「そういう霊亀様は、何をお望みなんです?」
「わしか? ふん。決まっておるじゃろう。わしはのう、——」
満仲の所望する褒美を聞いた麒麟が、思いっきり眉をひそめた。
——宮中蹴鞠大会 当日
宮中蹴鞠ノ会の会員らが一斉に集い、二対二による蹴鞠大会が始まった。組み合わせは、浄照、レイベスの『スカルプ』チーム。実泰、フォルダンの『プロテイン』チーム。麒麟、満仲の『瑞獣』チームといった、各自チーム名を作っての参加となった。このチーム名のくだりは、月の交換視察団の提案であり、その方が団結力が上がると、諭されてのことだった。
「すかるぷ、とは一体何じゃ?」
「まあ、お気になさらず。でもあちらの言葉の方が、何だか格好いいでしょう?」
レイベスが浄照の剥き出しの頭皮を見るも、にっこりと笑う。
「ううむ。そなたがそう申すのであれば、構わぬが……」
浄照には、自分のチーム名の意味が分かっていない。それは実泰も同じで、
「だん殿、ぷろていんとは、何ぞ?」
「んー? ああ、しっかりとした体つくりに必要なものだよ。ほら、実ちゃんも、武人のように逞しい体をしてるでしょ? おれも、そうなりたいと思って、筋トレとかやってるしね」
明るく話すフォルダンに、「ああ、
「我々はそのままですね、霊亀様」
「当然じゃ。わしらと言えば、瑞獣。瑞獣と言えば……」
そこまで言って、徐に満仲が沈黙したのも束の間、ギリギリと歯ぎしりと共に、月への随従を許されなかった悔しさが
「おのれ三条のめ、必ずや褒美にて、貴殿にぎゃふんと言わせてみせよう!」
改めて褒美を目指す満仲に、「はは。褒美が叶うかは、分かりませんが……」と、麒麟が明後日の方角を見て、空笑いする。そこに、五人の貴公子らが現われた。
「なっ……! あいつらも参加するのっ?」
「我らも宮中蹴鞠ノ会の会員じゃ。当然、此度の大会も参加する所存ぞ。それに、此度は褒美が貰えると聞いたでな」
五人の貴公子を代表して、
「褒美ってまさか、性懲りもなく、かあや姫に求婚されるおつもりですか?」
麒麟もまた、嫌気しかない。
「否。此度はのう、第二次月交換視察団への参加じゃ。月にはかあや姫が如く、絶世の美女らが
彼らが所望する褒美に、レイベスが浄照に「どうされるおつもりで?」と訊く。
「まあ、憂うることはなかろう。勝つのは、わしらじゃ。そうじゃろう? れいべす殿」
初めて名前を呼ばれ、歳は離れているものの、確かな絆を感じ取ったレイベスが、「もちろんです、太政大臣サマ」と、勝利を信じてやまない。
「おれらも頑張ろーぜ、実ちゃん」
「ああ。勝負事に
並々ならぬ想いで勝利を目指す実泰に、「おれも負けらんねーな」と、フォルダンも本気で相手チームと対峙した。
四十チームもの参加者の内、勝ち抜き戦にて、『スカルプ』、『プロテイン』、『瑞獣』、『石車(石切皇子、車無皇子)』、『矢部小判(矢部御主人、小判御行)』が勝ち上がっていった。『瑞獣』対『石車』戦では、弱点である麒麟を皇子らが攻めるも、それをカバーする満仲のファインプレーによって、『瑞獣』が圧勝した。
「くそう! 月へ昇る野望が!」
悔しがる石切皇子を他所に、「やったわー! きりーん!」と、カーヤが喜びを爆発させる。その愛らしさに、敗者である『石車』の二人は、「やはり、かあや姫の笑顔が一等じゃな」「左様にございまするな」と、改めてその愛に気づいた。
続いて、『プロテイン』対『矢部小判』戦では、実泰とフォルダンの協力プレーにより、圧倒的点差で、『プロテイン』が勝利を収めた。
そうして準決勝で当たった、『瑞獣』対『プロテイン』戦にて、ようやく両チームの四人が気付いた。
「ん? そう言えば『すかるぷ』は、一度も
満仲の指摘に、四人が怪訝そうに、高みから見物する浄照とレイベスに目を向けた。
「ああ、わしらは決勝の舞台からの参加じゃ」
「はあああ? なんでだよ!」
反論するフォルダンに、「当然でしょう?」と、レイベスが扇で口元を隠しながら、優雅に説明する。
「今回の宮中蹴鞠大会において、頭目であられる浄照殿こそが、ルール。浄照殿がお決めになられたことが全てなのですよ。だから、我らが決勝から参加することは、当然のことなのです」
「ななっ! 左様な規定など、不公平ではないか!」
反感を示す満仲と、「そうじゃ。武人ならば、正々堂々競われよ!」と、相手が格上であっても実泰が抗議する。
「なんじゃ、わしが決めた“るうる”が不服と申すか? わしは太政大臣ぞ。主上が留守の間、実質、此の国で一等偉いのは、わしじゃ。のう? 麒麟」
「えっ? あ、ああ、そうですね……」
群臣らは何も聞かないふりをしている。最早、麒麟が帝の影であることは、周知の事実であった。それでも誰も反乱を企てないのは、麒麟の人望もあるが、太政大臣の浄照が眼を光らせているおかげでもあった。
「と、いうわけじゃ。存分に準決勝を戦うが良い」
若者らの抗議をあしらう太政大臣に、満仲が「ぐっ……」と悔しがる。
「流石は親父殿じゃ。あえて老体に鞭を打たぬとは、隠居も近いというわけじゃな。されど、其れが何じゃと申す。あと二つ勝てば、褒美はわしらのものじゃ、麒麟よ」
「はあ。別におれは、褒美なんてものは——」
「駄目じゃ! 是が非でも褒美をもらうのじゃ!」
駄々をこねる満仲に、「はあ」と麒麟が溜息を吐く。
「はいはい。では、準決勝と参りましょう」
乗り気でない麒麟が、対戦相手である実泰とフォルダンに目を向ける。
「っしゃー! ここは圧倒的点差で、おれらの方が格上だって教えてやろーぜ、実ちゃん!」
「ああ。年下に分ける訳にはいかぬでな」
自信を持って上から目線の実泰に、「今一度、
こうして両チームが蹴鞠にて競った。二対二で鞠を交互に蹴り、地に落とした数が多い方が負けの勝負において、どちらも鞠を地面には落とさない。意地でも鞠を拾う、白熱した対戦に、観衆らも熱狂した。
「きりーん、私を愛しているのなら、絶対に勝つのよー! フォルも負けたら、首を撥ねるわよー!」
どちらも重たい
「ふふ。怖や怖や」
両チームの白熱した蹴鞠を愉快そうに観戦するレイベスが、優雅に笑う。そうして長時間の末、両チームの勝敗が決した——。
「二十六対二十四につき、『ぷろていん』の勝利にございまする!」
審判役により軍配が上がり、実泰とフォルダンが歓喜の声を上げる。
「くそう! 折角の褒美がっ……」
地に手をつき悔しがる満仲に、「すみません、おれが頼りないせいで……」と、麒麟が素直に謝る。その姿に満仲は唇を尖らせるも、「まあ、仕方あるまい」と、しぶしぶ納得した。
「左様に悔しがるとは、満仲殿は、褒美に何を所望されていたのか?」
実泰に訊ねられ、満仲が「くくく」と笑って答えた。
「わしが欲しかった褒美とな? 決まっておるじゃろう、三条の兄。わしはのう、
「はああ? 式部卿? つまりは、
「なっ! 何を申すか! 嫌いな公達の上役となり、三条のをこき使う! 此れ以上、痛快な褒美などなかろう!」
「はは」
麒麟が改めて、乾いた笑いを浮かべる。
「三条のをぎゃふんと言わせんがためならば、わしは
ぷいっと顔を反らし、そう宣言した満仲に、「阿呆じゃな」と浄照が言う。
「ええ。ヘイアンにも、あのようなアホがいるんですね」
レイベスも遠い目で、満仲を見た。
決勝戦となり、ついに『すかるぷ』が舞台に立った。
「——ふん、老体がどれ程のことが出来ようか、見物じゃのう、麒麟」
そう話す満仲の隣に、麒麟の姿はなかった。
「な? 麒麟?
きょろきょろと辺りを探す満仲の目に、カーヤに向かい、必死に愛を伝える麒麟の姿が映った。
「——ごめんよ、かあや。負けてはしまったが、君を心の底から愛していることに、嘘偽りはないんだ」
「わかっているわ、麒麟。あれは、お互いのチームを鼓舞するものだから、気にしないで。私も一番、貴方を愛しているわ、麒麟」
「かあや! おれも、かあやを世界で一等、ううん、月を含めた全うちゅうの中で、君を一等愛しているよ!」
完全に二人の世界となっていることに、「っけ!」と満仲がしらける。
「——よし! 実ちゃん、あいつらを倒せば、おれらが優勝だ! やってやろーぜ!」
「ああ。三条家の威信にかけて、負ける訳にはいかぬ」
「なぁに、
「ふふ。負けても泣かないでくださいね、フォル、実泰殿」
四人が整列後、互いに勝利への執着を見せる。
蹴鞠が開始され、両者互角の競いを見せる。これまでの競いで、大分体力を消耗していた『プロテイン』相手に、蹴鞠の強者——浄照が、際どい場所目掛けて鞠を蹴る。
「くそう! ジジイのくせにやるじゃん、照ちゃん!」
「じじいとは聞き捨てならぬのう、だん殿。わしはこれでも、まだまだ現役ゆえ、若いのに負けるはずもない」
余裕を見せつける浄照に、「私も物足りませんねぇ」と、息一つ乱れていないレイベスが高みから言う。
「
「ああ、その通りだぜ、実ちゃん! ここで諦めちゃ、男が
実泰に鼓舞されたフォルダンが、勝利を信じて鞠を蹴る。どんなに際どい所に蹴られようが、諦めずに拾い、それを相手に蹴り返す。そうしてとうとう体力が尽きた浄照に穴が見え始め、勝敗が決したのである。
「四十八対三十七で、『ぷろていん』の勝利にございます!」
実泰とフォルダンに軍配が上がり、「やったぞー!」と二人が抱き合う。
「やれやれ。すまぬのう、れいべす殿。わしが先に、勝利を諦めてしもうたわ」
「いいえ。私が貴方をフォロー出来なかったせいですよ。もっと老体を労わるべきでしたね」
「うっ……、そなたも良い性格をしておるのう」
「ふふ。誉め言葉として、受け取らせて頂きます、太政大臣サマ」
「まあ良い。久々に楽しめたでな」
浄照がその昔、
「——して、褒美は何がよいのじゃ?」
蹴鞠大会が終わり、浄照が実泰とフォルダンに訊ねた。
「一日帝体験でも良いぞ」
「うーん、おれはそうねぇ……。これからも友達でいてくれたら、それが褒美かな」
フォルダンの穏やかな願いに、浄照は面喰った。
「ふふ。実は私も、同じ褒美をおねだりしようと思っていたところです。さすが、気が合いますね、フォル」
「これしかないもんな」
「ええ。これに尽きます」
二人の欲のない褒美に、カーヤも満更ではない。
「何とも月が民は欲がないのう」
嫌味たらしく言う満仲に、「
「ななっ! 誰がみっちゃんなどと気安く呼んで良いと申したか! わしは天才陰陽師ぞ! 敬い、
浄照の拳骨が満仲の頭に落ち、その後、「ま、まあ、親父殿に免じて、みっちゃんでも良かろう」と、涙目で承諾した。
「して、実泰殿は、何を所望されるのか?」
浄照に問われ、実泰もまた、「うーん」と考える。その後、「ああ!」と何やら閃いた実泰が、浄照に褒美を願い出た。
数日後——
「——では
蹴鞠大会の優勝の褒美として、実泰が所望したもの。それは、一日陰陽頭であった。陰陽寮の筆頭として、部下らに指示する。
「くく。一度、陰陽寮の役人として、式神を使役してみたいと思うておったところじゃ」
その朱雀は、満仲によって呼び出された式神である。
「くそう!
「仕方ありまいよ、満仲。太政大臣様の命には、我ら、従わねばのう。それが、役人の定めよ」
陰陽頭——父、不動院一益に諭されるも、「いやじゃー!」と満仲が拒絶する。
「おや、天才陰陽師、不動院満仲殿は、一日たりとも、この体制に我慢ならぬとな? 天才なのに、何とも堪え性のない御仁じゃのう、みっちゃん」
「貴殿まで、みっちゃん言うでない! くそう、真、三条兄弟など、きらいじゃー!」
満仲の嫌いなものがまた一つ、加わった瞬間だった。
ヘイアン公達の月交換視察~帝が天女を妃に迎えるまで~ ノエルアリ @noeruari
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