第143話 宰相所信表明演説
セライが宰相となり、国民に向け、所信表明演説を行った。エマ国王戴冠式と同様に、多くの国民が王宮前広場に集まった。
「——わたくしは、父ハクレイの跡を継ぎ、国民の皆様の幸せを願い、イーガー王太子と共に、エマ国王の政治を助ける宰相となることを誓います。……と、そう宣言してみたものの、わたくし自身、宰相がまず何をすべきなのか、よく分かっておりません」
その演説に、傍らから見聞していた
「ま、まあ、そうであろうな」
「せらい殿らしゅうありませぬが」
「されど、
「ずっと、当たり前だと思っていたことがあります。この月において、国民はみな、王族の家族という考えから、王族以外、ファミリーネームを持つことはありませんでした。しかし、家族として共通の名前を持つことは、その絆をより一層強力なものとし、国の団結にも繋がっていくことだと思います。そこでわたくしは、一般人へのファミリーネームの導入を、推し進めていく所存です。当たり前を、少しずつ変えていく。そうすることで、見えなかったものが見えてくる。わたくしには父のように、他人の望みが分かる力はありません。ですが、たくさんの人々と話し、分かり合う。たとえそれが、違う星に住む人々であっても……」
セライが地球よりの交換視察団に目を向けて、笑った。
「これから先、月の世界は、大きく変わっていくことでしょう。その分岐点に今、わたくしや、皆様は立っているのです。どうか一緒に、この国の幸せを考えていきましょう。誰もが自由に愛する人と愛せる世界を。誰もが希望を胸に今日を生きる世界を。そんな世界を目指して、わたくしの所信表明演説は終えたいと思います」
スーツ姿のセライが一礼し、国民からの祝福を受けた。その様子を、遠くから眺めていた、レイベスとフォルダン。
「今度はあいつを守ってやらねーとな、ベス」
「そうですね。とりあえず、これ以上、眉間のしわが増えないよう、我々で和ませてやらねばなりませんね」
「そーね。あいつら地球人が、セライの友達になってくれたみてーだしな。あいつらが地球に帰ったら、きっと坊ちゃん、寂しがるだろ?」
「そりゃあそうでしょう。だからこそ、我々が傍にいてやらねば」
弟分の幸せのためにも、二人は宰相となったセライに、ウザ絡みする企みである。しかしそれは、純然たる兄心からくるものだった。
セライが宰相となり、初めて執務席で仕事にとりかかった。予想通り、机の前も後ろも右も左も、決済前の書類の山で埋め尽くされていた。大きく息を吸い、部屋から持ってきた白色のガウンを手に取った。あれから、ゴミ箱に捨てたそれを、もう一度拾い上げた。
「父さん……」
姿見の前で、ぎゅっとガウンを握り締める。そこに、様子を見に来たドベルトが入って来るやいなや、「おお! 宰相たる証に、今身を通そうってか?」と、その覚悟を茶化す。大切な瞬間を邪魔されたことに、セライは
「悪かったよ、宰相」と謝るドベルトに、セライはもう一度息を吸った。父、ハクレイの遺志を継ぎ、セライが白色のガウンに身を通す——。
「……なんでだ? あいつは、あんなにも似合っていたのに」
姿見の前で項垂れるセライを、ドベルトが悪気もなく励ます。
「まあ、白はハクレイの色だからな。白は、希望の証だ」
「……俺は、希望になれないのか?」
「そ、そんなわけねえだろ! ほら、サマになってるぜ、セライ宰相! ヒュウ~」
必死にフォローするドベルト。そんなドベルトに、仕事の邪魔だと、じっと目で伝えるセライ。
「んじゃ、期日までに仕事終わらせろよ~」
そそくさと出て行ったドベルトに、ふうっとセライが息を吐く。もう一度執務席に着き、目の前の仕事を見上げた。ズボンのポケットから、王族特務課から持ってきた承認印を取り出す。そして、机の引き出しを開け、そこに入っていた信認印を机上に並べた。承認印が銀色で、信認印が金色だ。その両方を手に取り、ぎゅっと握り締めた。今はもう、その印鑑を使用することはない。セライが宰相となり、初めて手掛けた仕事——。一般人へのファミリーネームの導入が認可され、セライもまた、その名を記すことで、書類に決裁のサインを施した。
「Serai Rayrose」
ファミリーネームを「レイローズ」としたセライ。それはもちろん、父ハクレイと、母ロゼッタから取った名前であることは言うまでもない。
改めて気合を入れたところで、宰相として、山のように積まれた書類に目を通し、サインしていった。必ず定時までに終わらせて、スザリノとデートする——。若き宰相には、そんな強い意志が見てとれた。
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