第142話 エトリアの役目

「——あなたはもう、暗殺者アサシンではないというのに、その手を汚させてしまいました。本当にごめんなさい、フォル」

「いーえ。貴方様はおれらにとって、姉のような存在ですから。気にしないでくださいよ、エトリア姉さん」

 かしずくフォルダンの前で、王妃の席に座るエトリアが俯く。シュレムの暗殺をフォルダンに依頼したのは、エトリアであった。

「この罪は、私が一生かけて背負います」

「いーや。それはおれの役目ですよ。それに、弟を守るのが、兄貴の役目ですから。たとえ血がつながっていなくても、おれらはそうなんですよ」

 フォルダンの脳裏に、幼い頃の記憶が過る——。孤児として王宮で育てられたフォルダンとレイベス。赤ん坊のセライがメイドにミルクを与えられているのを、傍らから、二人が嬉しそうに見つめる。身分差はあれど、ずっとフォルダンはセライのことを、弟分だと思っていた。そして、ロゼッタ亡き後、セライの面倒を見ていたメイドこそ、エトリアであった。ロゼッタと親友であったエトリアは、ずっと、彼女を襲った主犯を捜していた。実行犯こそ、ハクレイの手によって処刑されたものの、それを指示した誰かがいるはずだった。それがようやく分かったのは、ハクレイ処刑時のこと——。

『——ああ。私の息子かもしれないのに、残念だよ、セライ』

 シュレムが言い放った言葉に、エトリアは確信した。

(——この男だ。この男が、ロゼッタの幸せを踏みにじったっ……)

 ロゼッタ亡き後、ハクレイからセライの面倒を見て欲しいと懇願された。やがて宰相として、自らの最期が視えていたハクレイに、ポツリと言われた。

『——僕が死んだら、セライを頼むね、エトリア』

「……ハクレイ、宰相さまっ……」

 ハクレイの優しさを知るエトリアが、その最期に、胸が詰まる。バルサム前国王に見初められ、メイドから王妃にまで登り詰めたエトリアであったが、親友の愛する人に、報われない恋心を抱いていたことは、誰にも言うつもりはない。

 顔を上げたエトリアは、涙を拭った。

「いつまでも私が泣いていては、国民に合わせる顔がありませんね。新国王と新宰相が誕生したのです。国民に希望を示すためにも、王族の一員である私も、笑っていなければね」

 エトリアが力強く言った。メイドの時から彼女を姉のように慕っていたフォルダンは、その心が再び穏やかになっていくことに、「それでこそ、王妃サマですよ」と笑った。


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