第140話 ミーナの帰還
「——いやぁ、実に
宰相就任の祝いの席にて、酔っぱらった
「ちょ、酒臭いですよ、
朱鷺のウザ絡みを嫌がるセライに、すっかりほろ酔い気分の
「まあまあ、せらい殿。今日ばかりはお許しくだされ。我が主も、
「春日さん、あなたまで……」
「まったく、こうなることは、どこかで分かっていたであろうに。祝い酒で酔うなど、武人としてあるまじき蛮行。貴殿など、こうしてくれよう!」
そう言って、酔いどれの
「あなたも大概ですよ、三条さん。しっかりしてください」
すっかり酔いが回った地球人三人に、セライはどっと疲れるも、嬉しい気分が込み上がってくる。宰相就任の祝いの席には、スザリノを始めるとするグレイスヒル王家の王妃や王女らだけではなく、イーガー王太子や他の王族の姿もある。
その会場に、突如として白兎が乱入した。ぴょんぴょん飛び跳ね、安孫の肩にちょこんと乗った。
「おお! 白兎殿!
希望の証である白兎との再会に、安孫は喜びの声を上げた。そこに、一人の白衣姿の男が姿を現した。
「よお。宰相就任、おめでとさん」
「ドベルト……!」
「博士を付けろと言ってるだろ、坊ちゃん。……いや、宰相か。おめでとう、セライ」
「うっ……。ありがとう、ドベルト博士……」
ハクレイの親友であり、師として仰いでいたドベルトの登場に、セライは感極まるものを感じた。その時、安孫の肩に乗っていた白兎が、俄かに眩い光を放った。
「きゃあ! なに……?」
直視出来ない程の光に、ルーアンが顔をそむける。その場にいる全員が同じように光から顔を反らした直後、白兎が一人の女性の姿に変わっていた。見覚えのあるその女性に、朱鷺と水影は、「やはり」と合点がいった。
「なっ? 白兎が女人に?」
「お母さまっ……!」
ルーアンとカーヤが、母の姿に叫ぶ。
「ミーナ王妃さま……」
慌ててエトリアとスザリノ、ルクナンがミーナの前に
「顔を上げて、エトリア。スザリノ、ルクナンも。もうそのようなことはしなくて良いのです。私はもう、王妃という地位に戻るつもりはありません」
僻地に追放されていたミーナとドベルトの帰還に、周囲はざわついた。
「やはりあの白兎は、みいな王妃であったか」
「左様にございまするな。一瞬であっても、我らにその御姿を見せてくださったゆえ、すぐに分かりましたが」
以前、朱鷺と水影は、古代兵器を前に切り札となった白兎の正体を、垣間見ていた。
「あの白兎がみいな王妃であられたとは。……となれば、
安孫のあらぬ妄想に、朱鷺が「ほう?」と苛立つ。
「安孫よ、俺はそなたに、部屋で飼うておる兎らを放つよう、命じたはずだが?」
「あ、ああ、えっとっ……」
武人にあるまじき動揺に、水影が「しっかりされよ!」と、今度は的確に安孫の頬を扇で叩いた。
「ぶっ! 痛うございますれば、水影どの!」
「煩い。巨漢が狼狽する姿など、見るに堪えませぬ。貴殿は兎をちきうに連れ帰っても良いか、王家の皆様方にお伺いをたてられよ」
「なるほどぉ! 流石は水影殿。では改めまして、るくなん王女殿下。某が飼うております兎を、ちきうに連れ帰っても宜しゅうございますかな?」
「だめですわ」
「ええっ」
即答したルクナンに、安孫が絶句する。
「兎は月の生き物。地球に連れ帰ることは許しませんことよ。でもその代わり、ルーナなら、地球に連れ帰ってもよろしくてよ?」
ぽっと顔を赤らめたルクナンに、安孫の鼻息が荒くなる。
「で、では、るくなん王女殿下を、ちきうにお連れいたしまする!」
「うふふ。プロポーズですわね、ソンソン。喜んでお受けいたしますわ」
ルクナンに頬をキスされ、「ふぁああ!」と、安孫のほろ酔い気分が吹っ飛んだ。
「はいはい。ロリコン、ロリコン」
こちらも酔いが冷めた水影がまた、強引に締めくくった。
「——本当に、貴方達には申し訳ないことをしてしまいました」
ミーナがエトリアと、その二人の王女に向かい、謝罪した。別室に移り、その部屋には他に、ルーアンとエマを抱くカーヤ、それから朱鷺がいる。
「ミーナ様……」
「すべては、私の心の弱さが原因です。そのせいで、たくさんの人達を傷つけてしまった……」
エトリア王妃派だけでなく、バルサム前国王やハクレイ、過去のヘイアンの人々へ陳謝するミーナに、「お母さま……」と、ルーアンがその気持ちに寄り添う。神妙な面持ちのミーナに、エトリアが微笑みを浮かべた。
「お顔を上げてください、ミーナ様。私達はもう、誰かを恨んだり、憎んだりはしていません。こうして日々を幸せに暮らせているのです。過去のわだかまりに囚われて、貴方様を排除するつもりはないのです。どうか、ドベルト博士と共に、王宮へとお戻りください。私も貴方様も、それからここにいるエマ国王や王女達は、みなグレイスヒル王家の家族なのですから」
「母の言うとりです。昔のことを気にしていても、前には進めませんわ。一緒に、エマ国王の誕生を喜びましょう」
スザリノも微笑み、エマのぷにぷにのほっぺを触った。
「昔の荒々しい雰囲気もなくなったようですし、僻地で反省されたのであれば、国民も納得しますわ。国民が許すのであれば、ルーナ達が拒む理由もありませんわね」
ルクナンも大人の対応を見せて、ミーナの帰還を受け入れた。
「お母さま……」
エマを抱くカーヤが、ミーナと向き合った。
「この子が、私と地球の帝の子です。かつて父上さまとお母さまが理想とした世界を実現させる、月と地球の王子となる子です。この子の誕生を、お母さまは何よりも待ち望んでいた。そうでしょう?」
「カーヤ……」
ミーナが愛する帝——
「……父上は、亡くなるその瞬間まで、貴殿を想われておりました。貴殿から賜った月の宝を富士の頂で燃やし、貴殿が帰って来られるのを、ずっと待ち望んでおりました」
朱鷺から語られる夕鶴帝の晩年に、ミーナが涙する。
「かつて貴殿が月とヘイアンを行き来されていた折、二人の王女をちきうへと連れて来られたことがありましたな。私もすっかり忘れておりましたが、愛おしい天女との再会に、
朱鷺がルーアンを抱き寄せ、愛情を示す。
「父上は、死ぬまで貴殿を愛しておりました。貴殿との再会を夢見ておりました。
真剣にそう伝える朱鷺に、ミーナが頷きながら微笑んだ。
「ありがとう。その言葉だけで十分よ。あの人だから、私の心は満たされるの。あの人の声だからこそ、愛おしく思うの。貴方は私の可愛い娘、ルーアンにだけ、その愛を囁いてあげてください」
「流石は、みいな王妃殿下。必ずや、そう仰るだろうと思うておりました。此の都造朱鷺、生涯るうあん王女にのみ、此の言葉と此の声にて愛を囁くことを、お約束致しまする」
「朱鷺っ……」
ルーアンが恥ずかしそうに、紅潮する頬を隠した。
「ええ、そうしてあげてください。本当、王女達がみな、良い殿方に愛されているようで安心したわ。ねえ、エトリア」
「そうですわね。本当に……」
ミーナと和解したエトリアであったが、穏やかに微笑む表情の裏では、重たい
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