第131話 追撃

 ついに満月の夜を迎えたヘイアン。筑紫島つくしのしまの南方——隼人はやとの山林を、車を引く馬が疾走する。

「——あれじゃ、の車にかあや姫らが乗っておる!」

 追撃する石切皇子いしきりのみこが先頭に立ち、馬にて追いかける。逃げる車から、何発もの銃が放たれた。同じくその車を追う“怪僧”アルテノが、火の国の武器を使おうとして、それを鷲尾わしお院が制止した。アルテノと二人で馬に乗る鷲尾院が言う。

「まだじゃ、あるての。まだれを見せるには、早い」

 思惑あって、鷲尾院が、そっと口角を上げる。

「……カミ ノ オオセ ノ ママ ニ」

 再び火の国の武器を懐に入れたアルテノが、鷲尾院の腰に腕を回しながら、再度馬を走らせた。その後を、満仲みつなか是枝これえだも続く。銃に怯むことなく矢を放つも、悉く御者ぎょしゃの馬さばきにより、避けられた。

「月の者らを大楠おおくすに近づけさせるでない! 今宵を逃せば、次の機会は三十日後じゃ! そうなれば、彼奴きゃつらとて何処いずこへ逃げることも出来ぬ! 何としてでも時間を稼ぐのじゃ!」

 石切皇子の指示が飛ぶ。山林を逃げ回る車の後を追い、鷲尾兵らが追撃する。

「見えた! あれが神社ぞ!」

 月光が差し込む中、山の上にやしろが見えた。車が干潮を迎えた砂浜を渡り、その後を石切皇子らも続く。海の上に浮かぶ、断崖絶壁の上にある神社は、そこで行き止まり——。大楠など、どこにも見当たらない。そこでようやく、満仲は気が付いた。

「……此処ここ蒲生かもうではない。此処は……何処どこじゃ?」

「……ふ。ふふ。ふははは!」

 馬から降りた石切皇子と、車から出てきた、三人の貴公子。御者に扮していたのは、矢部御主人やべのみうし。四人の懐から、月の交換視察団から授けられた、ドベルト銃が出された。

「……此処ここはのう、隼人でも右足と呼ばれる大隅おおすみの地じゃ。ちなみに、蒲生かもうは左足の方じゃがのう。此処は、荒れ狂う海に囲まれし、天神の地じゃ。そなたらの終焉の地に相応しかろう?」

「おのれ石切皇子よ、我らをはかったか!」

 いきり立つ是枝に、「騙されるそなたらが阿呆なのじゃ」と、幼い頃に朱鷺ときと共に悪戯小僧と呼ばれていた名残を見せた。馬から降りた鷲尾院に向け、石切皇子が銃口を向ける。

「……もう終わりになさいませ、叔父上。兄上は、決してわしになど、敗けませぬぞ」

「言いたいことはそれだけか、鷹宮たかのみや

 余裕の表情を見せる鷲尾院に、ぐっと石切皇子が喉の奥を鳴らす。すかさず、四人の貴公子らも銃口を鷲尾院に向けた。

「執拗にかあや姫に求婚し、その想いが伝わらぬからと、命をねろうておったのは、貴殿らの方であったじゃろう? それが何故なにゆえ、かあや姫ら月の者を守る?」

 満仲に問われ、石切皇子が、ふんと笑う。

「確かに対立はした。手に入らぬならばと、その命を奪おうともした。されど、心身共に熱く狂わされたの愛は、真の愛よ」

 真剣な面持ちで、石切皇子が言い放つ。他の四人も同意見だ。

「愛? ……ふん。愛など此の世に存在せぬ。此の世にあるは、生きる苦しみだけじゃ」

「叔父上には分かりますまい。叔父上は、真、御可哀想おかわいそうな御仁ですなぁ」

 その言葉に、鷲尾院はぷつんと糸が切れたように、首を落とした。冷酷非道な眼光を放ち、アルテノに命ずる。

「……良い、あるての。の者らを、一人残らず殺せ」

「……っ」

 危機を感じ取った五人の貴公子らが、一斉に銃を放つ。しかし、あっという間に弾切れとなり、その直後、鷲尾院に従ったアルテノの攻撃により、五人の体が、赤色のレーザービームにより貫かれた。

「なっ……」

 血反吐を噴いた五人の貴公子らに、満仲は、そっと瞼を閉じた。


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