第124話 戴冠式の打ち合わせ

 次期国王として内定した、フェルンド王家のイーガー王太子の戴冠式のため、王族特務課は怒涛の忙しさに見舞われていた。安孫あそんはハクレイに託された通り、セライと共に、その準備を手伝った。

 どこか気落ちしている様子の安孫に、セライが「大丈夫ですか?」と訊ねる。

「大事ありませぬ。お気遣い頂き、面目めんぼく次第もございませぬ」

 微笑みを浮かべるも、やはり元気がない安孫。ハクレイに直接頼まれたとは言え、今なお愛するルクナンの夫となる男の下にこれから訪れることに、溜息が止まらない。

「あの男の言うことなど、律儀に聞かなくてもよいのですよ? 戴冠式の準備なら、わたくし達、王族特務課の者でしますので」

「いえ。せらい殿も宰相戦真っただ中で、お忙しい状況にございますれば、友として、少しでもお役に立ちとうございまする。それに、るくなん王女が為ならば、それがしは……」

 切ない恋心を抱く安孫に、「春日さん……」と、セライがその背中をさする。友を安心させるため、セライもまた、真実を語った。

「イーガー王太子は、ルクナン王女殿下の五つ年上。まだお若くとも、志を高く持たれたお方ですよ。なのできっと……」

 そこまで言って、セライが、ぐっと押し黙った。

「……すみません、春日さん。わた……俺が、スザリノを諦められないばかりに、貴方の愛するルクナン王女に、すべてを押し付けてしまった……」

「せらい殿……。否、れで良かったのでございますよ。るくなん王女殿下は、お強い御方。きっと良き王妃として、月が世を導いてくださることにございましょう」

 男として、愛する者の幸せを一番に願うこと——。それが真の武人であると、今一度自分に言い聞かせる。

 安孫はセライと共に、王宮内に設けられた、イーガー王太子の自室に向かった。窓を開け、王宮の外を眺めていた若き王太子の姿に、安孫は思わず息を呑んだ。肩まで伸びた金髪と、紫色の瞳。美形な顔立ちで、細身。佇むその姿に、宝石のような輝きを見た。

「失礼致します。本日は、戴冠式におけるイーガー新国王のスピーチについて、打ち合わせさせていただきたく、お伺いいたしました。こちらは、地球よりの交換視察団のお一人、春日安孫殿です。本日より戴冠式に向け、わたくしと共に、イーガー王太子殿下のお傍にて、お手伝いさせていただきます」

「春日安孫にございまする。何卒、宜しくお願い申し上げまする」

 安孫が恭しく立礼するも、イーガー王太子は視線だけ向け、またすぐに窓の外に目を向けた。何の言葉も発しないイーガー王太子に、「はて?」と安孫がいぶかしがる。

「某が何か、非礼を……?」

「お気になされなくても大丈夫だと思いますよ。イーガー王太子は、寡黙なお方。わたくし達とも、必要以上の会話はされませんからね」

「左様、ですか……」

 俯く安孫の背中に、セライが一発気合を入れる。

「いっ……?」

「仕事ですよ。王太子の前で、私情は挟まないように」

 課長よろしく、セライが言った。それに、安孫が笑う。

「御意。有難うございまする、せらい殿」

「ええ」

 気を取り直して、椅子に腰かけたイーガー王太子の前で、セライと安孫もまた、戴冠式でのスピーチの打ち合わせに入った。

「——では、戴冠式で行う新国王のスピーチでは、こちらの原稿をお読み上げくださいませ」

 セライがあらかじめ準備していた原稿用紙を、イーガー王太子の前で広げる。それをじっと見つめるも、何の言葉も発しないイーガー王太子に、「……宜しいですか? イーガー王太子殿下」と正面から伺う。

「……これで、国民は私を、王と認めるのだろうか?」

 ぽつりぽつりと紡がれた言葉に、セライと安孫が顔を見合わせる。

「これを読み上げれば、ルクナン王女は、私を夫と認めるのだろうか?」

 低調であっても、その言葉は、不安で溢れている。

「私には、ルクナン王女と夫婦になる自信が、ない……」

 呟かれた言葉に、安孫が、ぎゅっと唇を噛み締める。

「国王とは何だ? 愛とは何だ?」

 寡黙であっても、押し潰されそうな心の内側を見せた王太子に、安孫とセライは困惑した。安孫が真正面から、イーガー王太子に言う。

の答えを見つけるが、人生だと存じまする」

「人生……?」

 それまで無表情だったイーガー王太子が、「ふっ」と笑った。

「私もまた、前国王同様、暗殺されて終わる国王だ。そのような人生に、私の求める答えがあると言うのか?」

 儚くも自嘲するイーガー王太子に、「そのようなことは、わたくしがさせません!」と、セライがきっぱりと宣言した。

「わたくしがイーガー王太子、いえ、イーガー国王の宰相となり、必ずやこの国をより良いものにさせます。前宰相ハクレイと同じ轍など踏みません。国王を含めた、すべての国民の幸せのため、わたくしが必ず、宰相となります」

 強い意志を示すセライに、「そうか……」とイーガー王太子は、ほんの少しばかり、微笑みを浮かべた。


 王太子の自室を後にしたセライと安孫が、廊下を歩きながら話す。

「ところで宰相戦の具合は、如何様いかようにございましょうや?」

「王太子の前ではあのように格好つけましたが、実のところ、思わしくはありませんね。やはり、シュレムは強い。俺がハクレイの息子ではないと世間に広まっても、正直、俺に勝ち目はない……」

「せらい殿……。諦めてはなりませぬ。必ずや、突破口は開けまする」

「春日さん……」

 そこに、庭園へと向かっていたルクナンと出くわした。沈黙し、かしずく安孫に、「ごきげんよう」とだけ告げ、去っていくルクナン。ぐっと拳を握る安孫に、「……諦めてはなりませんよ」と、傍に立って、代わりにルクナンの背中を見つめるセライが、同じように鼓舞した。


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