第121話 満仲の占い

 地球のヘイアンでは、いよいよ鷲尾わしお院が都へと戻ってきた。

「——ふむ。やはり、都の空気は良いのう。隠岐では潮騒しおさいばかり聞いておったでな、都の喧騒けんそうが、清々しく思える」

 “怪僧”アルテノに抱えられ、都を一望する鷲尾院の背後で、満仲みつなかが平伏する。

「……帝は今、三条水影、春日安孫と共に、月が世におりまする。攻めるならば、今が好機かと」

 鷲尾院の腹心となるべく、満仲が重たい口ぶりで事実を告げる。

「なに。すぐに終わらせてしまうのも、つまらぬ。国をひっくり返すきょうは、なごうあった方が、愉しめるじゃろう?」

 童じみた横顔に、満仲は、ぐっと堪えた。

「そうじゃ、不動院。折角都入りしたのじゃ。此処ここは一つ、そなたが得意とする占いで、我が行く末をうらなうてみよ」

「ほほ。不動院殿は未来が吉兆を占えてこその、霊亀れいき殿。その占いは、当たると評判にございまする」

 烏丸衆からすましゅう筆頭の九条是枝が、扇片手に、その信頼度を鷲尾院に伝える。

「ならば、なおのことじゃ。此のちんが未来を、うらなうてみよ、不動院」

 平伏していた満仲が、視線だけを鷲尾院に向ける。最も院からの信頼が厚いであろう“怪僧”は、何も口にせず、冷たい赤い瞳を向けているだけだ。

「……御意。ならば、占わせていただきまする」

 満仲が、占いに使う亀の甲を取り出した。占術の呪文を唱え、陰陽師特有の波動にて亀の甲を割った。その割れ具合によって、未来のが分かる。亀の甲に、真っ直ぐな赤い線が一本走った。

「……視えましてございまする。院の未来がは……」

 愉悦を浮かべ、鷲尾院がその言葉を待つ。緊張した面持ちであった満仲だが、俄かにその口元に、笑みを浮かべた。

「……万事ばんじすべて、円満に事を成し遂げてございまする」

「ほう! 宜しゅうございましたな、院」

 是枝が天晴と言わんばかりに、ぱっと扇を開いた。

うか。そなたが言葉、しかと心に刻もう」

 嘲笑を浮かべたように見えた鷲尾院が、“怪僧”に体を降ろすよう命じた。そのまま、一人歩いていく。その後を、“怪僧”だけが続くことを赦された。満仲がその場でこうべを垂らしたまま、二人の会話に聞き耳を立てた。

「……ウラナイ ナド シンジル ニ アタイ セズ」

 “怪僧”アルテノの言葉を、満仲は初めて聞いた。どう考えても、この国の民ではないことは、明白であった。

「なに。ただの興じゃ」

 そう冷めた笑いを浮かべる鷲尾院に、満仲は、膝の上で拳を握り締めた。鷲尾院にもっと近づくため、満仲もまた、冷めた表情を浮かべる——。

「……院」

 二人の後に続いた満仲が、その目前にて、再度平伏した。警戒するアルテノをよそに、鷲尾院が余裕な表情を浮かべ、言った。

如何どうしたのじゃ、不動院」

「院は、此の世にある、すべての美しいもの、麗しいものを、排除されるおつもりにございましょう?」

「そうじゃ。『美麗びれい狩り』こそ、我が悲願じゃ」

「ならば、此の国一等の美女と、の麗しい従者もまた、狩りの対象となりまするな?」

「そうじゃのう。なんじゃ、左様な者らがおるのか?」

「おりまする。帝と二人の公達が月へと昇ったように、月より此の国に降り立った者らがおりまする。其の名も、月よりの交換視察団。絶世の美女——かあや姫と、其の従者である二人の麗しき若者ら。こやつらも、『美麗狩り』にて、処断されるが必定かと」

「不動院殿、流石にそれは、外交的にまずいのではないか?」

 是枝が苦言を呈するも、ふっと満仲は笑った。

「なあに。案ずることなどない。我が占いにて、万事すべて、円満に事を成し遂げると出たでな。そう、円満——。何も憂うることなどございませぬぞ、院。この天才陰陽師、不動院満仲が、お傍に仕えておりますでな」

 自信気に満仲が膝を叩く。

「……左様に美しき者らがおるのであらば、其れは是が非でも、壊さねばならぬのう」

 そう臣下らに告げる鷲尾院。その顔に一切の笑みはなく、ただ冷酷極まりない表情で、都の中心に位置する御所を見据えた。

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