第98話 満仲の憤り

 地球のヘイアンでは、筑紫島つくしのしまを支配下に置いた鷲尾わしお院の脅威が、刻一刻と都に迫っていた。都へと上る鷲尾院の兵らによる『美麗びれい狩り』は続き、わらべであろうとも美男美女とされた民らがはりつけにされ、処刑されていく。その光景に、烏丸衆からすましゅう——不動院満仲は、過去の記憶に苛まれた。

 

 陰陽道宗家・不動院家の三男に生まれた満仲は、幼名を葛若くずわかと言い、まだ幼い時分より、兄らを凌ぐ才能を開花させていた。五歳の頃には既に文字の読み書きができ、陰陽師としての力量を兼ね備えていたことから、時の帝が父、一益かずますに、葛若に那智山なちざんの天狗を封ずる命を与えた。みことのりには『那智山天狗云云なちざんてんぐうんぬん』書かれていたが、要約すると、

『お前の息子、天才陰陽師らしいな。おもろいからちょっと那智山の天狗狩りしてこいや、よろ☆』という、ほとんど悪ノリに近い勅命ちょくめいであったと、苛立ちでくしゃくしゃになった詔片手に、父から聞かされた。

 当然、那智山の天狗を封ずることなど、葛若には造作もないことで、その才は、あっという間に都に広がった。それでも、「いやいや、三条家は相槌丸あいつちまるの右に出る神童などおらぬ!」という謎の勢力がいて、それには、自信家の葛若も、ムッとした。

 生まれた時からの幼馴染である、春日家の小松しょうまつに、「わしこそが神童の名にふさわしいっ……!」と愚痴をこぼすも、「三条さまは、とくべつな家柄だからな」と、眩しい笑顔で返してきた真友しんゆうに、「たのむから三条のと出会でおうてくれるなよ、まつのすけ~」と、駄々をこねる。「う、うん……」と目を反らした小松に、「出会でおうとるんかーい」と葛若が、その膝に抱き着いた。

 そうして歳を重ねるごとに、葛若の才能は開花し続け、陰陽頭である父すらも軽く凌ぐ、自他共に認める天才陰陽師——不動院満仲へと成長した。位が上がり、自由に陰陽寮への出入りが出来るようになった頃、満仲は、そこに隠し持つ、“人あらざる者”の存在を知った。

「——父上、陰陽寮にて隠し持つ、“人あらざる者”らは、何のためにあるのじゃ?」

「満仲……、どこでそれを知った?」

「陰陽寮が奥の扉、そこは普段より、厳重な鍵が掛けられておる。昨晩、陰陽寮が編纂へんさんした『妖大全』に落書きをしようと思い、忍びった際、そこの鍵が掛かっておらぬことに気が付いてな。入ってみらば、あら不思議。そこに、幾人もの“人あらざる者”……都に住まう、浮浪児らが縄に繋がれ、幽閉されておった。れが如何どういうことか、お聞かせ願おうか、父上」

 怒りに満ちる瞳を向ける息子に、父、一益は、吐息を漏らした。

「『妖大全』に落書きしようとしたは、この際不問としよう。……昨晩は、“視えざる者”による、身代わりの日であったゆえな。恐らくは、“人あらざる者”を連れ出す際に、鍵をかけ忘れたのじゃろう」

「“視えざる者”……? 身代わりとは、何じゃ?」

「そなたは知らんで良い……と申したいところじゃが、の才じゃ。ゆくゆくは、兄らではなく、そなたが不動院家を継ぐのじゃろう。……“視えざる者”とは、禁中にすくう闇が作り出した怨霊のことじゃ。その怨霊の恨みつらみを晴らす身代わりを工面するが、陰陽寮の務めの一つでもある。そなたは、三条家が次兄、水影殿がことは、存しておるか?」

「三条のの話はするでないっ……! 飯が不味まずうなる!」

 きっぱりと拒絶した満仲に、

「その水影殿が、“視えざる者”らの身代わりとなり、“人あらざる者”らを惨殺することで、我が都に怨霊がはびこらぬようしてきた、古来よりの悪しき風習じゃ」

「三条のが……?」

 話したことはなくとも、三条水影の存在を昔から知っていた満仲にとって、あの不愛想極まりない男が、そのような重たい勤めにあることは、違う意味でも胸糞であった。

「……されど、浮浪児らは、何の罪もない者らじゃろう? 斯様かような胸糞が、我が陰陽寮にて行われておったとはっ……」

 ぎりっと奥歯を噛み締めた満仲に、「これも公達きんだちらのためじゃ」と、諦めの境地で、一益が言う。

「公達……? 自らが蒔いた種で、関わりあらぬ者らが命を落とすなど、左様な理不尽を許すと言うのか! 公達も、帝も!」

「……帝の容認あってのことじゃ」

「ぐっ……! 高貴な者らのために、何故なにゆえ身分の低い者らが死なねばならぬのじゃ! 何故三条のも自らの定めに抗おうとはせぬっ……」

「誰かがせねばならぬ役目を、水影殿はただ一人、受け入れておる。それだけのことじゃ、満仲」

「それだけ……? 自らの欲望の果てに、“視えざる者”を生み出した公達など、嫌いじゃ! その“視えざる者”に傀儡かいらいされ、自らの運命に抗おうとせぬ三条のもっ……きらいじゃ……」

 満仲が、ぐっと唇を嚙み締め、禁中の理不尽を受け入れる水影を想う。

「いずれ、新しい帝の世となろう。その有力候補であらせられる時宮ときのみや様は、そなたとも年が近い。さすれば、そなただけでなく、同年代である水影殿や、春日家の安孫殿も、帝の側近として召し抱えられよう。今はただ、じっと耐えるのじゃ、満仲。いずれ、そなたの力が、大きく禁中を変える日が訪れよう。そうなりし時、斯様かような胸糞など、撤廃すれば良い。それだけのことじゃ、満仲」

 父の言葉にも、満仲の反骨精神が治まることはなかった。その場を駆けだすと、一目散に陰陽寮へと向かった。

「満仲っ……!」と背に聞く父の制止など、耳に届くはずもなかった。


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