第95話 ハクレイ裁判第一回公判:キーレ前国王暗殺容疑

 ハクレイが宰相となり、えげつない量の仕事が執務席に積まれていく。日々その量は増え続け、宰相としての承認、信認の多さに、ついにハクレイの体力が尽きた。ふらふらと執務室から出てきたハクレイが、出会い頭にメイドとぶつかった。

「イタタ……。ごめんね、ケガはないかい?」

「申し訳ございませんっ……」

 その場にひれ伏すメイドに、「やめてやめて! そんな風にかしこまらないでっ」と、ハクレイがブンブンと首を振る。

「本当にケガはないかい? 手を見せてごらん」

 尻もちをついた状態から平伏したメイドを気遣い、ハクレイがその手を取る。

「あ……」

 思わず声が出たメイドの顔を、ハクレイは見た。その瞬間、ハクレイの大きな目が見開いた。

「きみはあの時のっ……」

 今にも泣きだしそうなメイドが、手で顔を覆いながら、「……はい」と頷く。

「あの時の花売りの女の子だね。すっかり大人になって。見違えるほど美人になったね。……って、あの頃も可愛かったけれど。でも王宮のメイドになっていたのなら、早くに教えてくれれば良かったのに。あれからずっと、君のことが気になっていたし」

「あの時は助けて頂いて、本当にありがとうございました。おかげさまで、母の薬も買え、今ではすっかり元気になりました」

「本当かい! 良かった! 良いことはするものだね。ようやく僕も人の役に立てて、嬉しいよ」

「あのっ……!」

「うん? どうしたの?」

 光差し込む優しい面持ちのハクレイに、メイドの頬が、ぼっと赤く染まった。

「だ、だいじょうぶかい? 熱でもあるんじゃ……」

「いえっ! だいじょうぶです! こうしてハクレイ様とお話がしたいと、ずっと思っていたのでっ……」

「サマ付けなんてやめてったら。僕はただの宰相。偉くなんてないんだから」

「でもっ……! ハクレイ様はご立派な方です。私はメイドで、ハクレイ様はこの国の宰相。天と地ほどの差がありますから」

「だから、そういうのをなくすために、僕は政治家になったんだよ。みんなが幸せになれる国を作るために、僕は宰相になったんだ。だから、身分の差なんか気にせず、いつでも僕の所に来てほしいな」

「ハクレイ……さま」

「うん。とりあえず、……おやすみなさい」

 その言葉を最後に、ハクレイは力尽きた。

「は、はくれいさまっ?」

 倒れ込んだハクレイを、メイドがどうにかベッドまで運ぶ。もう何日も徹夜で仕事を続け、ドベルトが開発した栄養ドリンクで、どうにか生命維持をしていたその体は、限界に達していたのである。


「——君の名前、なんていうの?」

 目が覚めたハクレイが、傍に座っていたメイドに訊ねた。

「私は、ロゼッタと申します」

「ロゼッタ……。綺麗な名前だね。ロゼッタ……手をつないでくれないか?」

 ベッドからハクレイが手を伸ばす。その手を掴み、ロゼッタが微笑んだ。

「綺麗な青色の瞳だね。僕は昔からずっと、青色の瞳の人たちが羨ましかったんだ」

「そうなんですか? ハクレイ様の碧色の瞳も、素敵ですよ」

「そうかい? 君に言われると、こんな穢れた僕の体でも、愛しく思ってしまうよ」

 自嘲気味に笑うハクレイに、ロゼッタが、そっと1マン紙幣を差し出す。

「これは……」

「はい。いつかあなた様にお返ししようと、メイドになった時から、ずっと持っていました。ようやくあの時のお金をお返し出来ます」

「そう……。でも、そのお金はもらえないよ。君のために使いなさい」

 ハクレイに拒絶されるも、ロゼッタは「だめです! 受け取ってください!」と引き下がらない。

「……君も意外と頑固者だね。でもね、本当に――」

「んー! 受け取ってください!」

「わ、わかったよ。なら、このお金は確かに返してもらいました。じゃあ改めて、このお金で、僕とデートしてくれませんか?」

「ほえっ?」

 その返しに、今まで強引だったロゼッタは、目を丸くさせた。ハクレイを見上げ、その照れつつも本気を見せる表情に、再び頬に熱が集まった。

「……は、はい」

「よかった。じゃあ、このお金はデート代に僕が預かっておくよ。あとそれから、今日から君は僕専用のメイドだから。シリアメイド長には、僕から伝えておくね」

 ロゼッタの熱い頬に手を寄せ、今度はハクレイが強気に言った――。

 

 ロゼッタとの再会まで回想したハクレイの耳に、検事の声が届いた。

「——ハクレイには、キーレ前国王殺害の容疑もかかっております。キーレ前国王は、銃により暗殺されました。当時、新型銃を開発していたドベルト博士と行動を共にしていたハクレイであれば、キーレ前国王を銃にて暗殺することなど、容易いでしょう。また、スラム街での犯行から、土地勘のあるハクレイこそが、キーレ前国王暗殺の首謀者である可能性が非常に高いのです!」

 検事の主張に、法廷内に動揺が走る。

「そうして何よりも、キーレ前国王の崩御をもって、宰相制を取り入れたのは、何を隠そうハクレイ自身! 自らの権力のため、目障りな国王を暗殺する動機は、十分にあるのです!」

 キーレ前国王の暗殺事件まで持ち出し、どこまでも極刑——死刑に持ち込もうとする月暈院の陰謀にも、ハクレイは気丈に立ち続けた。


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