第88話 王女たちの見合い

 新国王の即位に向け、月ではグレイスヒル王家の王女らと、その他の王家との見合いが始まったと、トップニュースで新聞記事が報じる。

「——とうとう新国王が即位されるのか。これは、他の王族達にとっては、一大チャンスの到来ですね」

 かつてスザリノと見合いをした、オルフェーン王家のザルガス王太子が、新聞記事を読みながら、父ドミノ王に言う。

「まあ、オルフェーン王家には、何の関りもないのだがな。わしにはもう、こんなにも可愛らしい孫娘がおるし」

 生まれたばかりの愛孫を抱っこするドミノ王が、きゃっきゃと笑う孫に顔を綻ばせ、言った。

「それに国王など、ほぼほぼ月暈院つきがさいん傀儡かいらいに過ぎぬしなぁ。我がオルフェーン王家は、そのような人形になるつもりはない。バルサムは、本当に気の毒であったが……」

 ドミノ王が、亡き前国王・バルサムを憐れむ。新聞を置き、愛娘を父から受け取ったザルガス王太子が、その小さな命に愛情を向ける。

「月の王族にとって、国王になるということは、必ずしも幸せとは限らないということですね。四人の王女の内、一体誰の婿が国王となられるのか。今や国民の間では、賭けの材料にまでされているようです。まあ、王女方の近くには、あの地球人達もいますから、野暮な王太子らは、ことごとく追い返されていることでしょう。私のようにね」

 ザルガスが自嘲するも、朝浴を終えた王太子妃を迎えるその表情は、慈しみと愛情で溢れている。


「——それではこれより、グレイスヒル王家第二王女・ルーアン殿下と、ピノア王家・メルヴィ王太子殿下の見合いを執り行います」

 王族特務課のセライの司会により、ルーアンの見合いが始まった。

「ではまず、メルヴィ殿下のお人柄について、僭越せんえつながら、わたくしからお話しさせて頂きます。メルヴィ殿下はご教養深く、長年動物愛護団体の名誉会長を務められ、他者を尊重される、お心広い王太子殿下にございます。御年おんとし六十歳を迎えられ、今回ご成婚となると、七度目のご結婚と相成られます」

(お爺ちゃんじゃないのっ……!)

 遠い目でルーアンがツッコむ。セライが穏やかな顔で、司会を続ける。

「次にルーアン殿下のお人柄についてですが、ルーアン殿下はそれはそれはお美しく、教養もさることながら、万人から愛されるキュートなお人柄。慈悲深く、聡明で、お優しい。国民総すべてが、月の王妃にと望む、正しく国母に相応しい王女殿下にございます」

(アンタ私のこと、そんな風に思ったこと一度もないくせに! こんな時ばかり褒めて……!)

 これ以上ないくらいに褒めちぎるセライに、ルーアンがギリギリと苛立つ。

「年上男性との相性は、抜群ですよね、ルーアン殿下?」

 今まで見たこともないくらい、セライの顔に笑みが浮かんでいる。

「いくら何でも年上過ぎるわよっ……!」

「ほっほっほー」

 メルヴィ王太子が首元まで伸びた白髭に触れながら、穏やかに笑う。

「かわゆいのう、ルーアン王女。是非とも、わしと結婚してほしいぞい」

「却下で」

「メルヴィ王太子ほどのご経験がお有りであれば、きっと良い国王になられると思いますよ?」

「却下よ、セライ。アンタもう、ほとんど投げやりじゃないの」

「そのようなことはありませんよ? 今ここでお決めになられてください、ルーアン殿下」

 笑顔の裏で、王族特務課課長の強要がうごめいている。

「ほっほっほー。怒った顔もかわゆいのう、ルーアン王女」

「だからっ……」

「——天女中てんじょちゅうの夫となる御方にしては、ちとジジイ過ぎますなぁ?」

 そこに、見聞の機会を得た朱鷺ときが現われた。

「朱鷺っ……!」

 ルーアンが朱鷺に抱きつく。

「ほっほっ……ほ?」

「ご覧の通り、るうあん王女は、都造みやこのつくりこ朱鷺専用の天女中にございますれば、……ジジイは引っ込んでもらおうか……!」

 強引に見合いを終わらせた朱鷺によって、「この見合いは、なかったことにしてちょうだい!」とルーアンがそっぽを向き、破談の意思を示す。

「話は聞きましたぞ、せらい殿。我が最愛の天女を、月の王妃に据える訳にはいかぬ。れより後も、我が最大の目的がため、るうあん王女殿下の見合いなど、存分に邪魔立てしてくれよう」

 笑みを浮かべながらも怒気を放つ朱鷺が、「ゆくぞ、天女中」とルーアンを連れていく。ルーアンもまた、セライに向かって、「べー!」と舌を出した。

「まったく、こちらの気も知らないで……」

 やれやれと、セライが吐息を漏らす。

「わしはどうなるのじゃ?」

「もうお帰り頂いて構いませんよ、メルヴィ殿下。お疲れさまでした」

 至極事務的な応対で、セライがメルヴィ王太子を帰路に着かせた。


 次の見合いは、スザリノとブルスカ王家・ワイルデン王太子。司会はもちろん、王族特務課課長セライ。

「——スザリノ殿下のお人柄につきましては、言わずもがな。可憐な見た目ではありますが、実際は不器用で、クッキーを焼けば灰に、パンを焼けば炭になるほどの、料理下手。そのせいで、わたくしも何度か命の危機を感じたほどです」

 セライの回想——。

『クッキーを焼いてみたの。お食べになって、セライ』

 嬉しそうに笑う、スザリノ。

『……は? これがクッキー……だと?』

 俺の目には、漆黒を通り過ぎた灰にしか見えないのだが。

『ええ。初めて作ってみたの。見た目はアレですが、きっと味は美味しいはずですわ!』

 見た目が暗黒物質の味とは?

『……食わないと、ダメか?』

『スウが初めて作ったのよ?』

 涙目で見上げる、スザリノ。可愛いけど……。

『……うん。そうか、そうだな、うん、わかった、そうだな……」

 一口食べて分かる、暗黒物質の味の苦み。この世の終わりかと思った――。

「……王妃となられる方はやはり、料理上手でなければなりませんね。ええ、きっと国民もそれを望んでいることでしょう。よってこの見合い、王族特務課の課長であるわたくしの権限の下、破談とさせていただきます」

「セライ……」

 スザリノが羞恥心から、手で顔を覆う。恋人が必死になって、この見合いを破談にしようとしているのが分かるから、なおさら恥ずかしい。

「え? 私は料理下手でも構わないのですが……」

 真面目で、一本筋が通ったワイルデン王太子。金髪で、聡明な顔立ちをしている。本来、王として申し分ない人格者であるが、強引にセライが破談へと導く。

「いけません! ワイルデン王太子に、あのような暗黒物質を味合わせるわけにはいかないのです! いくら王女であろうとも、クッキー一つ焼けないなど、これは幼馴染であるわたくしの責任でもあるのです! よって、スザリノ王女殿下の破滅的な料理は、今後とも、わたくしが責任を持って処分たべますから!」

 遠くからスザリノの見合いを見聞していた、朱鷺とルーアンと水影。

「……処分と書いて、たべるとは。真の愛ですな」

 水影が天晴あっぱれと言わんばかりに、セライの男気を褒め称える。

「アイツったら本当、スザリノのこととなると、周りが見えなくなるんだから」

「されど、これが然るべき道順なのであろう? るうあん、すざりの王女は、ことごとく見合いが破談となり、王妃となるに相応しゅうない。さすれば、第四王女である、るくなん王女こそが、王妃となるに相応しい――。左様な世の情勢を作らんと、せらい殿も懸命よ。そなたの見合いが、俺の手によって破談するのも、見越しておったのであろう」

 朱鷺がセライの気持ちを汲み、木にもたれる。ルーアンが、そっと目を伏せた。

「……ルクナンは、本当にそれで良いのかしら?」

 朱鷺と水影の二人も、視線を逸らす。

「そなたら王女の中では、るくなん王女こそが、一等王女としての矜持きょうじを抱いておると思うがのう? 王女らの見合いが始まってからというもの、一度も安孫あそんとは、会っておらぬようだしのう」

「二世と? 二世は、このことについて、知っているの?」

「安孫殿の耳にも、新国王即位が急務であることは、伝わっておりまする。ルクナン王女の御覚悟も、分かっておいでのよう。互いに話してはおらずとも、通ずるものが御有りなのでございましょう」

 水影が安孫の気持ちを思い、瞼を閉じる。

「……カーヤ姉さまは、自分の出自しゅつじが分かっているから、王妃になるつもりなんてないと思うわ。私やスザリノも、他の王族と結婚して、王妃になりたいとは思っていない。きっと世論は、ルクナンを次の王妃にと望むわ」

 ルーアンが見立てた通り、数日後の新聞記事で、世論調査の結果が報道された。第二王女ルーアン、第三王女スザリノの両王女は、それぞれに想い人がいること。王族同士の結婚について、後ろ向きであること。そして、第一王女であるカーヤの出生についても、バルサム前国王の血筋にないことが、暴露記事として出された。よって国民は、第四王女であるルクナンにこそ、国母として、新国王の王妃にと望む声が大多数であることが、月暈院つきがさいんの定例議会により、セライに伝えられた。

「——結論は出た。次期国王の王妃として、我が月暈院は、ルクナン王女殿下を、公式に推挙させていただく」

 月暈院の議員を代表して、シュレムが国民向けに公告した。

「さて、次の議題こそ、我らが本命かな。次期宰相として立候補する者を、今この場にて募ろうか。次期宰相として、立候補する者は、挙手したまえ」

 シュレムの音頭により、宰相戦が始まった。我先にと、シュレムが手を挙げる。じっと前を見据えるセライもまた、彼と対峙するように、次期宰相として、立候補に名乗りを挙げた。


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