第75話 最終戦

 王宮への帰路に着いた朱鷺ときらの下に、息を切らせながら走って来たエルヴァが現われた。途切れ途切れに、シュレムの画策の下、火の国の民が、標的を月から地球に変えたことを知る。

「——ふうむ。巨船の修理が終わる前に、決着をつけねばならぬようだな」

「火の国の民が月から撤退するは良いが、ちきうに向かわせないようにするためには、どうすれば……」

 地球の一大事に、安孫あそんが焦る。水影みなかげが顎に手を寄せ、策を練る。

「シュレムめ、地球を犠牲に、無血条件などと勝手なことをっ……」

「落ち着きあれ、セライ殿。必ずや突破口は開けまする」

「水影の言うとおりぞ」

 朱鷺が天を仰ぐと、そっと笑った。雷鳥が五人の下に降り立ち、救世主の姿で向き合った。

「貴殿は我らの都合が良い時に現れますなぁ。流石は神よ。我らを安穏の地へと誘っておいでか?」

「ワガ タミ ノ ネガイ ヲ カナエル コト ガ ワレ ノ ソンザイ イギ」

「我が民の願いを叶えんとするか……。神も帝も、願いは同じにございまするな」

都造みやこのつくりこさん?」

「独り言にございまするよ。されど、刻が迫っておるゆえな、悠長に話しておる場合にあらず。ひとまず、の者らの下へと向かうぞ」

「御意!」

 朱鷺に続き、水影と安孫が走る。救世主もまた、彼らを先導するように、雷鳥の姿で火の国の民らの下へと飛んでいく。残されたセライが、遠のく三人の背中を見つめながら、エルヴァに言う。

「奴らが月から手を引く意思を示したとは言え、いつ王宮に攻撃してくるか分からない。エルヴァ、君は衛兵だ。必ず王妃殿下や王女殿下方をお守りするように」

「アンタは? 王族特務課の課長であるアンタこそ、王族の危機に王女様方を守らないのは、立場上マズイんじゃねえの?」

「……っ」

 かつてセライの命を幾度となく奪おうとした、元反乱者のエルヴァ。今は同じ王族を守る立場同士、セライの重圧もよく分かっているつもりだ。それでも英雄らと共に地球の窮地を救おうとするセライの覚悟に、エルヴァは、ふうっと吐息を漏らした。

「なんてな。意地の悪い言い方して悪かったよ。アンタの気持ちはオレだって分かっているさ。今度は、オレらがあいつら地球人を助ける番だ」

「エルヴァ……」

「行って来いよ、課長。月だってまだ脅威は去っていないんだ。そのすべてを見届けるのも、王族特務課の仕事だろ?」

 エルヴァに背中を押され、「ああ。ありがとう」とセライが笑う。エルヴァからも熱いものを託されたセライが、急いで朱鷺らの下へと走っていった。

「ほんと、父親とは似ても似つかねえのな。本当にあの冷酷非道な男の息子なのか?」

 エルヴァが腰に手をやり、疑問を口にするも、自分の役目を思い出し、急いで王宮へと戻った。


 雷鳥の先導で、大戦艦を修理する火の国の民らの下へと辿り着いた朱鷺らは、彼らや衛兵らに見つからないよう、そっと木々の陰に隠れた。雷鳥が朱鷺らの頭上の木にとまる。じっと見つめる先に、かつて火の国を汚染し、美しい世界の均衡を崩した民らがいる。凝りもせず、新たな理想郷を地球に見た身勝手な振舞いに、沸々と怒りが湧き上がってくる。

「——して、どう彼奴きゃつ等を攻めるべきか。月とちきう……いな、他の星々も彼奴等の侵略から防ぐためにも、此処ここが正念場ぞ」

「であらば、の場にて、彼奴等を根絶やすしかあらぬのでございましょうや?」

「左様な非道、出来るわけがなかろう。見てみよ、安孫」

 そう言って朱鷺が指さす先に、戦闘員とは思えない、ごく普通の女性や子供らが、男らの手伝いをしている。

の者らは、ただ国を追われた身。火の国が破壊者であらせられる、神の脅威から逃れし者ぞ」

 朱鷺が、じっと頭上の雷鳥を見上げる。雷鳥の脳裏に、かつて朱鷺に言われたことが蘇った。

『——貴殿が火の国を破壊しなければ、月が斯様な事態に陥いることも、火の国の民らが追われることも、なかったのではないですかな?』

「……れ以上のとばっちりを受けるは、御免ですぞ、かみ殿。月もちきうも、他の星々も」

 朱鷺の言葉が耳に入るも、雷鳥は何も答えず、飛び立った。雷鳥の襲来に、火の国の民らが一気に警戒する。

「オンナ コドモ ハ タイヒ セヨ! ウゴケル モノ ハ センカン ニテ カミ ト オウセン ダ! キョウゲキ スルゾ!」

 火の国の指揮官の怒号が飛び、修理済みの大戦艦に戦闘員らが分かれて乗り込む。その内の一機に、雷鳥の電撃が直撃した。炎上し、大戦艦から戦闘員らが逃げていく。執拗に追い回そうとする雷鳥に、発進した他の大戦艦が挟撃する。光線を浴び、黒煙が辺りに充満するも、雷鳥は火の国の民らへの攻撃の手を緩めない。

「——始まったんですね」

 後を追ってきたセライに、「左様」と朱鷺が頷く。阿鼻叫喚する戦況に、ぐっと朱鷺の拳が握られる。

「あの、セライ様……」

 そこに、火の国の民を監視していた衛兵らが現われた。

「我々は、一体どうすれば……」

 衛士えじ大臣——シュレムから命じられたことは、火の国の民の監視。シュレムがいない状況で、衛兵らは勝手なことなど出来ない。セライが、ごくりと息を呑む。

「……宰相になられるのであろう? であらば、然るべき時に、然るべき対処を命じられるようにならねば、官吏かんりを統率することなど、叶いませぬぞ」

 朱鷺に助言され、「分かっています」とセライが目を瞑る。まだ宰相でもなければ、衛士大臣でもない。ただ一官吏として、どう指揮すべきか。

 セライは目を開けると、衛兵らに向け、しっかりとした口調で言った。

「雷鳥の脅威にさらされている、火星人を助けなさい。女性や子供は安全な場所に避難させ、負傷している者がいれば、即刻治療を」

 セライの指示に、「ご命令のままに」と衛兵らが従う姿勢を見せた。急いで逃げ惑う女子供、戦闘員の下へと向かう。

「ご英断ですな、せらい殿」

 セライの苦悩を知る安孫が、笑みを浮かべ、深く頷く。

「やはり、かみ殿自身に御考えを改めてもらわねば、悲劇は繰り返されるのみぞ。最善たるは、かみ殿含め、火の国の民らには、母星へと御帰りいただく他あらぬ。そうであろう? 水影」

「左様にございまする。雷鳥……自らを神と称するの者が、火の国の民らを導かんとせねば、この戦は終わりませぬ」

 ずっと黙って思案していた水影が、火の国の民と応戦する雷鳥を見上げる。半ば、自棄になって火の国の民らを攻撃しているようにも見えるその姿に、こちらが応戦出来るバズーカー砲などの武器では、何の解決にもならないと分かっていた。攻撃でも応戦でもない。両者が対話をしなければ、この戦はいつまで経っても終わらないのだ。

「……で、あらば」

 無鉄砲にも飛び出た水影が、戦場へと駆けていく。

「水影殿っ……」

「あの阿呆、性懲りもなくっ……」

 安孫と朱鷺もまた、水影を追った。その後を追おうとしたセライを呼び止める、一人の声。振り返り、そこにいた人物に、大きく目を見開いた――。


 

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