第74話 鳳凰と九尾の狐
月では朝の照明となり、森で一夜を過ごした
寝起きの水影が泉で顔を洗う。その背後に立った安孫が、小さく吐息を漏らし、俯いた。
「……酷い御顔にございまするぞ」
その気配を察知していた水影が、手拭いで顔を拭きながら、言った。はっと安孫が顔を上げるも、気まずい空気に、悲痛な表情が収まらない。
「……昨晩は、わが命を助けて頂き、御礼申し上げまする。されど、あのような命知らずな行動は、水影殿らしゅうございませぬ」
「私らしゅうない? 私らしいとは、
「水影殿は、知に優れし、冷静沈着な
安孫の胸に、ちくりと痛みが走る。本当に言いたいことは、こんな素っ気ないことではない。それなのに、沈鬱とした表情が晴れることはない。何故なのか――?
「……安孫殿が命を救うつもりで、
「
「自惚れ? 貴殿は己が価値を、お判りでない。私こそ、貴殿に救われた身にございますれば、自惚れなどと謙遜されますな。
水影が安孫と向き合い、そっと微笑んだ。
「水影殿っ……! 某こそが貴殿に救われたのですぞ! だのに某は、貴殿のことを嫌いなどとっ……!」
「
「なんと! 水影殿はまんちゅう同様、未来が吉兆が占えるのか?」
「んんっ……あの御仁の名は出されますな。私に予見能力はございませぬ。前に一度、我らがちきうへ戻りし後がことを、ハクレイ殿より、お聞きしただけにございまする」
「はくれい殿に?」
安孫が朱鷺と話すセライに目を向けた。その愁いに満ちた視線に、水影がその時のやりとりを思い出す。
『——僕も君達の未来を予言してあげよう。……君達が地球のヘイアンに戻ってから暫らくして、皇位継承を巡って、国を二分する大戦が始まるだろう。その大戦で帝である朱鷺君も、武将である安孫君も、それから下国に追いやられることになる君も、時の帝が信頼する者は、皆死んでしまうだろう。誰もが悲惨な最期を迎えるんだ。どんなに優れた知恵や勇猛さを兼ね備えていようが、いずれ君達は大きな鷲の前に、敗北するんだよ』
ぎりっと奥歯を噛み締めた水影に、「水影殿?」と安孫の目が向く。本当にハクレイに予見能力があるかは分からない。今回たまたま命が助かっただけかもしれない。ハクレイが予見した不吉な未来は、何があっても避けなくてはならない。
「……我らも、主上が
呟きに似た言葉に、「水影殿?」と安孫がその顔を覗く。直後、安孫の顔に鉄拳が飛んだ。
「ぐふっ……! み、みなかげどの? なにゆえかっ」
「やはり、
さっと無表情となった水影に、「わ、わけが分からぬ……」と安孫が、鉄拳が下った鼻を押さえ、首を傾げた。
「——水影、安孫、王宮に戻るぞ」
遠くから朱鷺が呼びかけ、「御意」と水影が主の下へと向かう。
「うむむ。真、幼き頃より、よう分からぬ御仁ぞ。あいつち時分は、あれ程素直であったのに……」
安孫もまた、腑に落ちない表情で主の下へと向かう。優しい朝の照明下、朱鷺と水影、セライが穏やかに自分を待つ姿がある。安孫もまた、安穏たる気持ちで足を進めるも――不意に、以前見た不吉な夢が脳裏に走った。
『——そなたが一等、遅かったでな。安孫、そなたが一等、死ぬのが遅かった』
「……某が、一等遅かった?」
足を止めた安孫は、ぎゅっと目を閉じると、頬を二回叩き、「夢は夢ぞ!」と、不吉な未来が訪れないよう、しっかりと前を向いた。
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