第68話 月と地球の共闘

 夜の照明下、電撃が大戦艦を襲う。一羽の雷鳥相手に、幾つもの大戦艦が攻撃を繰り返す。一発の光線が雷鳥の翼を貫くも、これまで以上の電撃で、大戦艦に致命的な攻撃を与えた。爆発を繰り返しながら、大戦艦が地上へと堕ちていく。墜落した大戦艦がまた、大爆発を起こした。その様子に、雷鳥は火の国での記憶を呼び起こした。  

 その星でも、いくつもの惨劇が繰り返されてきた。自らの文明におごり、あらゆる環境を壊したあの星で、そこに住まう民を生かし続けることなど出来ない――。そう判断し、最後の審判を下した。

 雷鳥はかつて、火の国の神と呼ばれる存在だった。しかしその神こそが、破壊者となり、その国を滅ぼしたのである。火の国の民は星を捨て、新天地を目指し、月へと辿り着いた。月のドーム内の国こそ、火の国の民の理想郷であった。しかし、神はどこまでも火の国の民を追ってきた。新天地でも同じ悲劇を繰り返すことを許さなかった神は、かつての火の国の民に対峙し、その種族が潰えるまで、争うことを決めていた。しかし、神もまた、自らが破壊者であり続けることは出来なかった。信仰心あってこその、神。自らに縋られてこそ、その存在意義が見出せるのだ。神は火の国の民を見捨てた。だからこそ、月の民からの信仰心を得るために、再び神としての存在意義を得るために、救世主を名乗り、月の世を守ると決めたのだ――。

 雷鳥が大戦艦からの一斉攻撃を受けた。全身に攻撃を浴びるも、懸命に飛び続ける。再度、大戦艦の先に光線が集中する。火の国の支配階級も、いい加減この勝手な神を許せなかった。大戦艦の操縦席から、赤いフードを被った男らが、出力最大限の攻撃ボタンを押す。雷鳥を囲むように、他の大戦艦も同じボタンを押した。今までで最大量の光線が、雷鳥の体を四方から貫いた。ぎゃあぎゃあと雄たけびに近い悲鳴が、月の森へと堕ちていく。

「カミ ハ シンダ コノチ ニテ フタタビ ワレラノ クニ ヲ ツクルノダ」

 大戦艦を指揮していた男がフードを脱ぎ、うっすらと笑った。救世主と同じ、褐色肌で朱色の瞳を持っている。その直後、大戦艦を爆撃が襲う。

「ナンダ? ダレガ コウゲキ シテイル? カミ カ? イヤ カミ ハ モウ イナイ ナラバ……」

 地上から大戦艦に向け、四輪駆動車に乗った朱鷺が、バズーカー砲を放つ。

朱鷺とき様っ……! 危のうございまする! ばずうかはそれがしが撃ちまするゆえ!」

 天井が開いた駆動車から身を乗り出し、バズーカー砲を肩に担ぐ朱鷺に、安孫が必死に説得する。

「なぁに安孫。体幹が良いのは、そなたのみにあらず。俺とて、下半身には自信があるでなぁ!」

「あ、あぶのうございまするっ……! 月の文明は某がっ……ととっ」

「しっかりと捕まっていてください、春日さん! 飛ばしますよ!」

 駆動車を運転するセライが、ぐんぐんと大戦艦に迫っていく。助手席から身を乗り出した水影みなかげが、目前に迫った大戦艦の操縦室目掛けて、矢を構える。

「コザカシイ ソノヨウナ キノエダ デ ナニガ デキル?」

 大戦艦から聞こえてくる大音量の声に、「貴殿らはれが何か、ご存じかな?」と、水影がニッと笑った。

「コザカシイ……!」

 矢が放たれ直後、操縦席の目前が真っ黒に染まった。

「ナンダ コレハ……!」

「さあて、何にございましょう?」

 矢の先に括り付けていた風船の中身——。それは水影がずっと付けている、『遣月けんげつ日記』をしたためるのに用いている、墨汁。

「我がちきうの文明、よう味わいあれ」

 背後で木に激突した大戦艦に、「やりましたね、三条さん!」とセライが笑う。

「コザカシイ チキュウジン メ! ホネモ ノコラズ メッシテ クレヨウ!」

 ワイパーにて墨汁を吹きとった大戦艦が、再び駆動車を追いかけるため、宙に浮いた。木々を薙ぎ払いながら、猛スピードで追いかけてくる。

「早いっ、追いつかれる……!」

「セライ殿、もうちとスピードをっ……」

 流石の水影も焦る。その時、バズーカー砲を背負った安孫が、駆動車から飛び降りた。

「安孫……!」

「某は主上しゅじょう瑞獣ずいじゅう——九尾の狐。主に仇なす輩は、ことごとく討ち取ってくれよう」

 バズーカー砲を構えた安孫の目前に、光線を集中させる大戦艦が迫る。

「春日さんっ……」

 セライがブレーキを踏むも、安孫から遠ざかっていく。

「あの阿呆め! 肝比べのつもりか――」

 そう朱鷺が飛び降りようとした、その瞬間——紫紺しこん色の狩装束かりしょうぞくが、朱鷺の視界を通り過ぎていった。

「水影っ……」

 さっと地上に着地し、水影が安孫の下へと走っていく。それに気づくことなく、安孫がバズーカー砲を放つ。同時に大戦艦からも光線が放たれ、相打ち……! と思いきや、光線の方が遥かに威力が強く、その残骸が安孫目掛けて迫ってくる。

「ぐっ……」

 思わず目を瞑った安孫の巨体を蹴り飛ばし、水影の体に残骸が直撃した。大戦艦の方も大木に激突し、炎上した。

「……っ」

 一瞬、何が起きたか分からなかったが、安孫は、自分が何者かに蹴り飛ばされ助かったと理解していた。そうしてその誰かが……。

「水影っ……」

 視界が揺らぐ中で、風雲急を告げる主の声

「……み、なか、げ、どの……」

 どうにか立ち上がるも、その巨体がふらつく。それを、がしっとセライが受け止めた。

「無茶をし過ぎですよ、春日さん」

「……らい、どの。みな、かげ、どのは……」

 安孫の問いに、セライが、主の呼びかけに何の反応も見せない水影を見る。何と答えてよいか分からず、ごくりと息を呑んだ。

「水影! 返事をせよ、水影っ……!」

 機体の残骸が直撃し、体中にあらゆる破片が突き刺さっている。血まみれ状態の中、すでに呼吸も浅かった。セライに介助されながら、どうにか安孫が水影の下へと辿り着いた。上がる息で、「……なにゆえか」とその装束を掴む。その有様に、涙がボロボロ零れ落ちていく。

「安孫……」

「春日さん……」

 朱鷺とセライが、安孫の背中にそっと触れた。

「……おこたえあれ、みなかげどの。なにゆえ、なにゆえ某をっ……」

 その答えが返ってくることはない。安孫もまた爆発に巻き込まれたことから、三半規管をやられていた。

「それが、しは……きでんが、きら、い、に……」

 そのまま意識を失うも、その手は、水影の手をしっかりと握っていた。


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