第67話 我ら人は、ただ救われるのを待つのみか?

 再び大戦艦が襲来したことで、月の民らが一斉に避難する。王宮から出てきた王妃以下王女らが、それぞれの想い人の傍で、不安そうに大戦艦を見上げた。

「どうか月の王国をお救いください、救世主様」

 エトリア王妃が祈りを捧げる。ルーアンやスザリノ、ルクナンもまた同じように、雷鳥に向け、祈りを捧げている。その姿は、正しく信仰心からくるものだった。

「ふむ。神、のう……」

 ハクレイが表現した、救世主の真——。それが本物か偽物かを見極めんとする朱鷺ときが、じっと雷鳥を見上げる。

 大戦艦からの攻撃が始まった。王宮に再び爆撃が襲う。

此処ここにいては巻き添えを食らいます! 一端安全な場所へと非難しましょう!」

「御意っ! 此方こちらへ、るくなん王女!」

「はい!」

 安孫あそんに抱えられたルクナンが、ぎゅっとその腕を掴む。

都造みやこのつくりこさん、貴方はルーアン王女をお願いします!」

「存じております! 此方こちらぞ、天女中てんじょちゅう!」

 スザリノとエトリアを連れて逃げるセライの指示が飛ぶも、容赦なく瓦礫が落ち、転んだルーアンの目前にも危機が迫った――。

「きゃあ……」

 思わず目を瞑ったルーアンを、朱鷺が瓦礫からかばうように、覆いかぶさる。

「朱鷺っ……」

「何のれしき、大事ない」

 微笑む朱鷺に、ルーアンの目に涙が浮かぶ。

「っつぅ」と、肩に受けた打撲に痛みが走る。

「治癒能力があるからと言うて、死ねば意味などなかろう! 水影みなかげ!」

「は。此方ここに」

 冷静に主の傍に控える水影。

「雷鳥は何処いずこへ行った?」

の鳥は、火の国の巨船相手に、いかずちにて応戦しておりまする」

 夜目が利く水影によって、戦況が朱鷺に伝えられる。上空にて、雷鳥と大戦艦が交戦している最中だ。

「月が世の有事だというに、我が力で以って太刀打ち出来ぬなど、歯痒はがゆうてならん!」

 完全に瞳孔が開き、我を失っている朱鷺に、ルーアンが涙を拭った。

「あれが神と申すのであらば、我ら人は、ただ救われるのを待つのみか? 左様につまらぬ世、俺は認めぬぞ!」

「神などおりませぬ。ついでを言えば、救世主などという輩もおりませぬ」

 水影も同じく、瞳孔が開いている。

「ふふ。アンタ達、ちょっとは落ち着いたらどうなの?」

 いつもの明るいルーアンの声に、二人は思わず面喰った。

「何じゃ、天女中てんじょちゅう。先程まで泣きべそかいておったくせに」

「泣いてなんかいないわよ! ……でも、私もただ守られているだけなんて、いやよ」

 ルーアンが負傷した朱鷺の肩をさする。

「天女中……」

「アンタにも、救世主にも、神様にも、他人に縋って生きるなんて、真っ平ごめんだわ」

 ルーアンが微笑みを浮かべ、言った。その想いに朱鷺も、そっと微笑む。

「そなたの申す通りぞ、天女中。我ら人は、ただ祈りを捧げるのみにあらず。己の行く末は、己自身で決める。天女中よ、此処ここから先は、己のことは己自身で守れ。女中の身分を耐え抜いたそなたのことだ、出来るな?」

「ええ。必ず生きてまた会いましょう」

 朱鷺がルーアンを抱き締め、ルーアンもまた、朱鷺を抱き締める。覚悟を決め、朱鷺が立ち上がった。

「——参るぞ、水影」

「御意」

「わたくし達も共に参ります」

 セライの声が上がった。

それがしも忘れてもらっては困りまする」

 ルクナンを安全な場所まで運んできた安孫も、力強く頷いた。

「救世主並びに火の国の民よ、我らが月とちきうの文明で以って、必ずや一泡吹かせてみせようぞ」

 雷鳴轟く月の世で、四人の男達は、ぐっと拳を握り締めた。

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