第65話 地下牢の大罪人

 地下牢獄へと続く階段を、朱鷺とき水影みなかげが下っていく。看守に事情を話し、微かな明かりの下、読書を楽しむ大罪人に面会した。

「やあ。久しぶりだね、朱鷺君。水影君も」

 本を冷たい床に下ろし、がしゃんと鎖の音が響く。

「お久しゅうございますなぁ、はくれい殿。地下でのお暮し、つつがないようで、何よりにございます」

「君は嫌味たらしいね、朱鷺君。見てよ、水影君。相変わらず、この鎖は僕の体温にまったく馴染んでないよ」

 両手両足を拘束する鉄の鎖が、一年の間に元宰相——ハクレイの体に鬱血うっけつの痕を残していた。

「左様にございまするな。されど此度こたびの件、貴殿は地下牢にて助かり、宜しゅうございましたなぁ。さきの火の国よりの攻撃の折、地上ではいわれなき者が、数多あまたの怪我を負いましたでなぁ」

「ふん。君の方が嫌味たらしかったね、水影君。ああそうだ、そういう男だったね、君たちは。ところで、今日は安孫あそん君はいないのかい? あの子だけが、僕の大切な息子の理解者なんだけれどね」

「安孫殿ならば、その息子殿と共に行動されておいでです」

「そう。相変わらず仲良しで良かったよ。父としては、息子の幸せが何より大事だからね」

「心にもないことを」

「そんなことはないさ。いくら冷酷非道な元宰相であろうとも、我が子は別格なのさ。誰に換えることも出来やしない。きっと安孫君の父君も、そう思っているんじゃないかな?」

 ハクレイがヘイアンの元摂政——春日道久の気持ちを代弁する。

「それで? 何しに僕の所まで来てくれたのかな? まさか宇宙人の襲来を報告しに来ただけではないよね。僕に聞きたいことがあってここに来た、そうだろう?」

 ハクレイの視線が二人に向く。対峙した者の真を読み解く力は、今なお健在だ。

「左様。単刀直入にお訊ね申し上げる。貴殿の真を読み解く眼に、この男は如何いかに映っておいでか?」

 朱鷺がモニターを取り出し、先程までの映像を再度流した。録画機能があることは、この一年で理解していた。言われるままに、じっとハクレイが救世主の映像を眺める。

「……ふーん、そういうことか」

 不敵に笑ったハクレイに、朱鷺が思惑宜しく笑う。

「流石は元宰相殿。この男の真を見抜いて――」

「彼に心なんてものはないよ」

「何と……?」

「そういう次元にない。誰かさんと同じかな?」

 ハクレイに視線を向けられ、水影が、ぐっと顔を顰める。

「彼は僕たちとは違う次元にあるのさ。そこに欲望や幸福、絶望といった感情などない、虚無の存在。人のそれとはまったく違う。正に、神のような存在、かな?」

「神、とな?」

「神などの世におりませぬ!」

 水影が地下牢の鉄格子を掴み、犬歯を剥き出して、ハクレイに反論する。

「よさぬか、水影!」

「っふ。君も随分悲惨な過去を背負っているね。達観しているからこそ、他人とは違う次元にあるのだろうけど、それだけで神の存在を否定するのはどうだろう」

「貴殿に何が分かるっ……! 貴殿にっ……」

「分かるさ。僕も君と同じ、悲惨な人生だったからね。まあ、愛が何かを知っているだけ、君よりかはマシなのかもしれないけれど」

「もう良い。聞くべきことは聞いた。行くぞ、水影。左様に取り乱して、そなたらしゅうない。俺の冷静沈着な鳳凰ほうおう何処いずこへ行った?」

 朱鷺に諭され、「……申し訳ございませぬ」と水影が鉄格子から手を離した。朱鷺が地下牢獄の階段を登っていく。水影もそれに続かんとした、その時——。

「——君もまた、随分な呪いに掛かっているね」

 ハクレイの言葉にぎょっとするも、すぐに冷静沈着な表情で、水影もまた、地下牢獄から地上へと戻っていった。

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