第64話 救世主の有難い御言葉の時間

「——いやぁ、あちらが世も大変じゃのう」

 朱鷺ときが、地球との交信に使用しているモニターに触れた。定期交信にて、ヘイアンの様子を麒麟きりんから伝えられたところだ。

「まったく、月は今それどころではないと言うのに、カーヤ王女の面倒事に巻き込まれるとは」

 セライがどっと疲れて、頭を抱えた。

「されど、満仲みつなか殿が妖退治より帰還したようにございまするな。更なる面倒事に巻き込まれる予感しかありませぬ」

 水影みなかげが、忌々しくモニターを爪で弾いた。

「まんちゅう……よくぞ無事に戻った」

 安孫あそんがほっと安堵し、モニターをなでる。その様子に、むっとした水影が、そっぽを向いて、言った。

「貴殿は私より、満仲殿の方を好いておいでか?」

「左様」

 あっさりと穏やかな表情で言った安孫に、「ほうほうほう?」と水影が冷静に凄む。

れは、呪いの影響か? 其れとも、本意か?」

 安孫に掛けられた呪い――肝心な時に本意とは裏腹な言葉が出るというもの。本意からの「左様」か、それとも真意とは裏腹の「左様」か、その答えがどちらなのか、水影にとっては心穏やかではない。

何方どちらでも良いではないか、水影。それに、嫉妬はもてぬぞ?」

「モテなくとも結構にございまする。私は安孫殿だけが……」

 そこまで言って、セライがううんと咳払いした。

「今は地球のことよりも、月の一大事を解決することをお考え下さい。ほら、救世主サマからの、有難いお言葉の時間ですよ」

 再度モニターの電源を入れ、セライが険阻けんそな表情で周波数を合わせた。ザーザー音の後、モニターに雷鳥の青年——救世主が映し出される。

「オハヨウ ツキノタミ キョウハ ワレガ ナニモノ カ オシエヨウ」

 あれから、自らを救世主と名乗る男は、月の都にて大艦隊の攻撃を受け、負傷した民らの怪我を治癒させた。それに奇跡の力を見た民が厚く男を信仰し、今では月の救世主として、崇め奉っている。それは王族もまた然りで、こうして救世主からの御言葉の時間には、モニターの前で、王妃らも祈りを捧げている。

「ほう? 救世主殿の正体が判るとな。さて、如何様いかような御仁であろうのう?」

 モニターの前で、朱鷺が面白がる。

「ワレハ ヒノクニ ヨリ マイッタ ヒノクニ ノ ハカイシャ ツキ ノ キュウセイシュ ト ナルベク コノチ ニ オリタッタ」

「ヒノクニ、とな?」

「恐らくは、火の国。火の……火星のことか?」

 セライが眉間にしわを寄せ、一人考察する。

「かせい? それで、火の国のハカイシャ……破壊せし者が、何故なにゆえ月の救世主などと申されるのか?」

 救世主が、一体どこから映像を発信しているのかは分からない。水影の言葉が向こうに聞こえているはずもないが、それに答えるように、男が口を開く。

「ワレハ ヒノクニ ノ タミ ヲ ユルサヌ ヒノクニ ノ タミ ガ ネラウ コノ ツキ ヲ マモルタメ アノモノ ラト タイジ スル」

「成程。火の国の民に恨みを抱いておるゆえ、月を狙う火の国の民の邪魔立てをする。何とも単純明快な救世主殿よ。されど、我らを攻撃したは事実。何と申し開きされるのか?」

「ツキ ノ エイユウ ヲ オソッタ コトハ ワビヨウ ソナタラ ハ ツキノタミ デハ ナイ ユエ ハンダン ヲ アヤマッタ」

「完全にこちらの声、聞こえていますよね。わたくしはれっきとした月の民ですが、わたくしのことも狙いましたよね」

「ソレ ハ ソナタ ガ チキュウ ノ タミ ヲ ナカマ ダト オモッテ イル ユエ シカタ ナク」

 救世主の恥ずかしい暴露に、朱鷺と水影が冷やかすように、セライの背中をつつく。

「違いますっ……! わたくしの友人は、春日さんだけです!」

「せらい殿、嬉しゅう存じ上げまする」

 安孫の喜ぶ顔に、セライがこそばゆそうに頬をかく。

「して、救世主殿。火の国の民らは、再度この月を襲いにくるのですかな?」

「ソノトキ ハ サイド ソナタ ラ ツキノタミ ヲ スクオウ ワレハ キュウセイシュ ユエ」

「救世主……貴殿が火の国を破壊しなければ、月が斯様かような事態に陥いることも、火の国の民らが追われることも、なかったのではないですかな?」

 その問いには答えず、モニターに映る救世主の画面が、次第に乱れていく。

「お答えあれ! 我らは、貴殿ら火の国のとばっちりを受けておるのではないですかな?」

 救世主の視線が下を向く。プツンと画面が消え、ザーザー音が鳴った。

「バツが悪うなると消える。あれで救世主を名乗るとは、何とも都合の良い救世主殿にございますなぁ」

 水影がモニターの電源を切って、鼻息を漏らした。

「しかし、火星人がこの月を狙っていると分かった今、これ以上奴らに侵攻される前に、何らかの手立てを講じなければなりませんね。わたくしは月暈院つきがさいんの議員達を招集し、国としてどう対応するか協議して参ります。貴方方はこれ以上、救世主殿の神経を逆撫でしないように。宜しいですね」

「心得ております」

「本当でしょうね? 父の時と同じ匂いがするのですが」

 険阻な表情でセライが忠告する。

「ご案じ召されますな、せらい殿。それがしがしかと御両人を――」

「ん」

 セライの指さす方に、安孫が振り返る。そこに、朱鷺と水影の姿はない。

「なっ……何処いずこへ?」

「はあ。恐らくは、あの男の下でしょうね」

「あの男?」

「まったく言うこと聞かない連中だな!」

 セライが苛立ち、部屋を出ていく。

「面目次第もございませぬ、せらい殿」

 安孫がセライを追いかけ、謝罪する。

「いえ。貴方はわたくしと共にいらしてください。宰相さいしょう不在の月暈院において、あいつらの意見をまとめ上げるのは、一苦労ですから」

「御意……」

 後ろを歩く安孫。セライの視線が下を向いたのが分かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る