第64話 救世主の有難い御言葉の時間
「——いやぁ、あちらが世も大変じゃのう」
「まったく、月は今それどころではないと言うのに、カーヤ王女の面倒事に巻き込まれるとは」
セライがどっと疲れて、頭を抱えた。
「されど、
「まんちゅう……よくぞ無事に戻った」
「貴殿は私より、満仲殿の方を好いておいでか?」
「左様」
あっさりと穏やかな表情で言った安孫に、「ほうほうほう?」と水影が冷静に凄む。
「
安孫に掛けられた呪い――肝心な時に本意とは裏腹な言葉が出るというもの。本意からの「左様」か、それとも真意とは裏腹の「左様」か、その答えがどちらなのか、水影にとっては心穏やかではない。
「
「モテなくとも結構にございまする。私は安孫殿だけが……」
そこまで言って、セライがううんと咳払いした。
「今は地球のことよりも、月の一大事を解決することをお考え下さい。ほら、救世主サマからの、有難いお言葉の時間ですよ」
再度モニターの電源を入れ、セライが
「オハヨウ ツキノタミ キョウハ ワレガ ナニモノ カ オシエヨウ」
あれから、自らを救世主と名乗る男は、月の都にて大艦隊の攻撃を受け、負傷した民らの怪我を治癒させた。それに奇跡の力を見た民が厚く男を信仰し、今では月の救世主として、崇め奉っている。それは王族もまた然りで、こうして救世主からの御言葉の時間には、モニターの前で、王妃らも祈りを捧げている。
「ほう? 救世主殿の正体が判るとな。さて、
モニターの前で、朱鷺が面白がる。
「ワレハ ヒノクニ ヨリ マイッタ ヒノクニ ノ ハカイシャ ツキ ノ キュウセイシュ ト ナルベク コノチ ニ オリタッタ」
「ヒノクニ、とな?」
「恐らくは、火の国。火の……火星のことか?」
セライが眉間にしわを寄せ、一人考察する。
「かせい? それで、火の国のハカイシャ……破壊せし者が、
救世主が、一体どこから映像を発信しているのかは分からない。水影の言葉が向こうに聞こえているはずもないが、それに答えるように、男が口を開く。
「ワレハ ヒノクニ ノ タミ ヲ ユルサヌ ヒノクニ ノ タミ ガ ネラウ コノ ツキ ヲ マモルタメ アノモノ ラト タイジ スル」
「成程。火の国の民に恨みを抱いておるゆえ、月を狙う火の国の民の邪魔立てをする。何とも単純明快な救世主殿よ。されど、我らを攻撃したは事実。何と申し開きされるのか?」
「ツキ ノ エイユウ ヲ オソッタ コトハ ワビヨウ ソナタラ ハ ツキノタミ デハ ナイ ユエ ハンダン ヲ アヤマッタ」
「完全にこちらの声、聞こえていますよね。わたくしはれっきとした月の民ですが、わたくしのことも狙いましたよね」
「ソレ ハ ソナタ ガ チキュウ ノ タミ ヲ ナカマ ダト オモッテ イル ユエ シカタ ナク」
救世主の恥ずかしい暴露に、朱鷺と水影が冷やかすように、セライの背中をつつく。
「違いますっ……! わたくしの友人は、春日さんだけです!」
「せらい殿、嬉しゅう存じ上げまする」
安孫の喜ぶ顔に、セライがこそばゆそうに頬をかく。
「して、救世主殿。火の国の民らは、再度この月を襲いにくるのですかな?」
「ソノトキ ハ サイド ソナタ ラ ツキノタミ ヲ スクオウ ワレハ キュウセイシュ ユエ」
「救世主……貴殿が火の国を破壊しなければ、月が
その問いには答えず、モニターに映る救世主の画面が、次第に乱れていく。
「お答えあれ! 我らは、貴殿ら火の国のとばっちりを受けておるのではないですかな?」
救世主の視線が下を向く。プツンと画面が消え、ザーザー音が鳴った。
「バツが悪うなると消える。あれで救世主を名乗るとは、何とも都合の良い救世主殿にございますなぁ」
水影がモニターの電源を切って、鼻息を漏らした。
「しかし、火星人がこの月を狙っていると分かった今、これ以上奴らに侵攻される前に、何らかの手立てを講じなければなりませんね。わたくしは
「心得ております」
「本当でしょうね? 父の時と同じ匂いがするのですが」
険阻な表情でセライが忠告する。
「ご案じ召されますな、せらい殿。
「ん」
セライの指さす方に、安孫が振り返る。そこに、朱鷺と水影の姿はない。
「なっ……
「はあ。恐らくは、あの男の下でしょうね」
「あの男?」
「まったく言うこと聞かない連中だな!」
セライが苛立ち、部屋を出ていく。
「面目次第もございませぬ、せらい殿」
安孫がセライを追いかけ、謝罪する。
「いえ。貴方はわたくしと共にいらしてください。
「御意……」
後ろを歩く安孫。セライの視線が下を向いたのが分かった。
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