第63話 五人の貴公子
宮中では
「——いやぁ、実に見事な菊じゃのう」
太政大臣、春日道久——出家し、
「父上、
「いや、某がっ……」
酒を取り合う兄弟に、「よさぬか、みっともない」と、浄照がうんざりと言った。空を仰げば、まだ昼の刻限だというのに、白い月がうっすらと見えている。
「……
そっと目を細めた。今そこに、嫡男が
「……
御簾の奥から帝——麒麟が訊ねる。
「いやなに、菊よりも、かあや姫を愛でとうございまして」
本来であれば、帝の前でこのような
「ならば、我も」
「いや我こそが、かあや姫を一等愛でよう」
やいややいやと他の貴公子らも集まり、五人の貴公子が御簾の前に鎮座した。
「何たる狼藉よ。殿上人ともあろう者らが、臣下に
帝の言葉に、宴がしんと静まり返る。「ふん」と浄照が鼻で笑うも、それは麒麟に対してではなく、紫宸殿にて不敬を働く貴公子らに向けてのものだった。浄照はカーヤの取り合いになど興味はないものの、帝として、真摯に民と臣下を欺き続ける麒麟には、ほんの少しばかりの情が芽生えていた。
「
貴公子の一人、大納言・
「左様。今この場にて、臣下に対し、面目が立たぬのは、そなたの方じゃ」
右大臣・
「卑しい浮浪児のくせして、何を帝のふりをしておるのじゃ、汚らわしいのう」
「なんですってっ……」
いきり立つカーヤに、「大事ない」と麒麟が制止する。
「
怒りに任せて
「なっ……」
「久しいのう、
「あ、あにうえっ……」
石切皇子の狼狽激しく、遠縁にあたる車無皇子以下四人の貴公子らも、モニターに映る帝の御前に、さっと平伏した。
「我が弟ながら、何たる物言いよ。兄は哀しいぞ」
御簾が開かれた時から、紫宸殿にいるすべての群臣、女官らは平伏し、誰一人として顔を上げない。帝の顔を直視するなど、そのような不敬が許されるはずもない。朱鷺の声が御簾の中からするだけで、そこに本物の帝が鎮座していると疑わない。当然、浄照も腹の中ではすべて分かっていて、平伏したままでいる。
「
朱鷺の言葉に、そっと麒麟が微笑んだ。
「まことに……申し訳、ございませぬ……」
石切皇子がぐうっと瞼を閉じ、平伏する。
「時に、報告によらば、そなたら五人、月の交換視察団であられるかあや王女に対し、並々ならぬ執心を抱いておると聞く。真か?」
朱鷺の問い立てに、ぐっと喉の奥を鳴らすだけで、誰一人答えない。
「まこと、まことですよ、帝サマ」
そこに颯爽と現れ、平伏し、答えた、
「左様か。左様にかあや王女に惚れておるのであらば、
「勝負事……?」
石切皇子が顔を上げ、モニターに映る朱鷺に顔を傾げる。
「時にふぉるだん殿、月が世には、それはそれは大層高価な宝があると聞く。我らもその宝を探しておるが、
かつての羽衣伝説を逆手にとって、朱鷺が提案する。
「ええ。それならば宜しくてよ。月の宝を一番先に見つけた殿方に、私は嫁ぎましょう」
俄かにそう宣言したカーヤに、五人の貴公子らがざわめく。
「かあや姫……」
強気な物言いのカーヤに、麒麟の瞳が愁いを帯びる。
「健闘せよ」
朱鷺が不敵に笑った。それを最後に映像が途切れ、月との交信は終わった。
五人の貴公子らが互いに見つめ合った後、我先にと紫宸殿から走り去っていく。その日を境に、五人の貴公子らは何の情報もないまま、この世のどこかにあるという、月の宝を探す旅に出た。
「——いやぁ、こんなに上手くいくとは思わなかったぜ~」
三条家の屋敷で、フォルダンが愉快そうに寝転がった。
「いやぁ、本物の帝様が協力してくださって良かった」
レイベスも腰を落とし、満悦した顔で干菓子を口に運ぶ。
「されど、ほんに上手くいくのかのう? 月が宝の話など、
実泰が五人の貴公子らの行く末を案じるも、どこか愉悦が収まらない。
「月の宝のことは、我々もよく知らないのですがね。まあ、大丈夫でしょう。あれだけプライドの高い
レイベスの言葉通り、大納言・
「それぞれ何を持って帰ってくるのか見物だわ。まあ、すべて月の宝ではないと、突っぱねてやるけれど」
カーヤも面白おかしく言った。これで麒麟との平穏な日々が戻ってくる――。そう確信したのも束の間、数日絶たずして、五人の貴公子らが各々に月の宝を携えて、カーヤの前に鎮座した。簾を開けた御簾で、麒麟も固唾を吞んで見守っている。
「まろが持ち帰りし月が世の宝——つばめの
中納言・
「
大納言・
「
右大臣・
「
「——
石切皇子が、その鉢をカーヤの前に差し出した。どれもこれも数日の間に見つけられる物のはずもなく、すべて職人が作った偽物だった。
「ささ、この中に真の月が宝があるはずじゃ。どれが真か、かあや姫ならお判りにございましょう? 我らが五人の中からお選びくだされ」
五人の貴公子らの執念がこれ程のものだったとは思わず、フォルダンにレイベス、実泰も大きく溜息を吐いた。
「わしの蓬莱の玉の枝こそ真の月が宝じゃ」
「いいや、火鼠の皮衣じゃ!」
「竜の玉よ!」
「かあや姫と結婚するはわしじゃ!」
「否、わしこそがかあや姫の夫にふさわしい!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出し、言い争う貴公子らに、その身を案じる麒麟の瞳が、カーヤに向く。その拳がブルブルと震えていることに気が付いた。
「かあや姫?」
「……っとにっ……」
「殿下……?」
「ほんとうにうざったいたらないわっ! 何よ、こんなものっ! 全部偽物じゃないっ!」
カーヤが
「うるさいわレイベス! もう我慢ならないわ! 私は麒麟以外と結婚するつもりなんてないのよ! 貴方達の妻になるなんて、真っ平ごめんだわ! ……もう良いわ。レイベス、フォルダン、この者達を即刻亡き者にして!」
「なっ、かあや姫!」
流石に実泰もまずいと思い、従者の二人にやめるよう言うも、
「かしこまりました。王女殿下のご命令ならば」
「身の程知らずに、天罰を、ね」
レイベスとフォルダンの表情が、狂気へと変わっていく。
「なっ、何たる無礼じゃっ! やはり月が民、不浄の輩よっ……! もう良い、我が妻とならぬのであらば、今此の場にて、叩き斬ってくれるわ!」
石切皇子が興奮気味に口走り、太刀を抜いた。それに続くように、他の貴公子らも戦闘態勢に入る。
「ヒスってんじゃねーよ。オレら月の民から見ても、アンタら地球の民は、不浄の輩だぜ?」
一触即発、地球と月の友好関係もこれまでか。そう麒麟が諦めかけた瞬間——。
「——おやおや、
そこに現れた人物に、「あなたさまは……」と麒麟の目が見開く。
「
五人の貴公子の後ろから、
「貴殿は……諸国全般にて、妖退治の最中では……?」
呆然とする実泰に聞かれ、「ああ、妖退治」と男が無表情に口にする。
「左様なモノ、この天才陰陽師、
自信に満ち溢れた満仲。「誰だてめー。あっち側の人間か?」と、臨戦態勢のフォルダンに聞かれ、「あっち、とな?」と、満仲が両者の間で立ち止まった。
「わしは月が民のことは良う知らん。されど、公達らに味方するつもりもない。わしは、わしはっ……」
怒りから、満仲の肩がブルブルと震える。
「あの、
「わしを霊亀と呼ぶでない、麒麟! わしは、わしはっ……主上に月の
怒り大爆発——。その後、陰陽師の札を乱発し、小さな爆発を繰り返し行った満仲によって、五人の貴公子らは、命からがら逃げ去っていった。
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