第59話 急襲

 朱鷺ときはエルヴァにセライへの伝言を依頼すると、社長らと別れ、三人で雷鳥が飛び去って行った方角——月の森へと足を進めていった。ドーム内を夜の照明が照らし、薄暗い夜道を、王宮から持参した、懐中電灯で照らしていく。

「小さき電力でれほどのともしび……あちらが世の松明たいまつとは、えらい違いにございまするなぁ」と、水影みなかげが懐中電灯で己の顔を照らし、言った。

「万一、の巨船がちきうを襲来すらば、我が故郷など、瞬時に廃塵はいじんと帰するな」

れほど技術が進んだ月が世にいても、斯様かような有様。我らに勝ち目などあるのでございましょうや?」

 憂いに満ちる安孫あそんに、

「なに。存外文明が進んだ月よりも、我らがちきうの文明が、彼奴きゃつらに一泡吹かせることになるやもしれぬぞ。それに、我らには神仏の御加護があるゆえ、案ずることはない」と朱鷺もまた、懐中電灯で己の顔を照らした。

 水影が、そっと足を止めた。

「……神仏の類など、此の世に在るはずがございませぬ」

「水影殿?」

 安孫が驚いたように振り返った。

「貴殿は、神仏の類は信じておられぬのですかな? 我が春日家においては、春日神社を厚く信奉しんぽうし、武神の御加護を仰ぐ一族にございますれば、貴殿が三条家は、何処いずこの神も仏も信奉されぬのですかな?」

「そなたら三条家は、代々あちらが世の記紀ききを研究し、その謎の解明に尽力せし一族。その記紀に、そなたが神の類を信奉せぬいわれがあるのかのう? 水影」

「……否。記紀は関係ございませぬ。あくまで、私一存の境地にございますれば」

「境地のう。そなたはあらゆる事柄において達観しておるゆえ、真、敵に回すと怖いのう? ……して、並々ならぬ洞察力を持つ我が鳳凰ほうおうは、の雷鳥を如何いかが見た?」

 涼しい顔で朱鷺が言った。ふうっと吐息を漏らした水影が、鳳凰紋が刻まれた脇差を手に取り、それをじっと見つめる。

「同じ翼を持ち、そらを駆ける鳥であろうとも、私は彼の御仁ごじんが如く、変化は出来ませぬでなぁ。……されど、私は優れた知恵で以って主を導く鳳凰——。必ずや、この窮地を脱してみせまする」

「水影殿……」

 その時、森の奥から何十匹もの小動物が走ってきた。上空を鳥達も逃げるように去っていく。異様ともとれる状況に、さっと三人が刀を身構えた。 

「巨船の再来でありましょうや?」

 じっと森の奥、暗闇の先を見つめる安孫が警戒する。

「……否。れにしては静かすぎる。ともなればっ……」

 突如として上空に稲光が走った。

神鳴かみなりっ……雷鳥ぞ! 身構えよ!」

 朱鷺の目にその姿が映った瞬間、轟音と共に、雷が三人の下に落ちてきた。


「——っつぅ……、大事ないか、水影、安孫!」

 雷撃によりその身を吹き飛ばされ、木に激突しながらも、朱鷺は二人に安否を問いた。

「しゅじょ……それがしは、無事にございまする!」

「我が身も、大事、ありませぬっ……」

 二人も同じく木に叩きつけられたが、折れた幹を払いのけ、どうにかして立ち上がった。二人とも狩装束かりしょうぞくが破け、頭や腕から血を流している。

「ふっ。其れでこそ、我が瑞獣ずいじゅうよ。されど、れにてはっきりしたのう。の雷鳥は、我らが敵であるとのう」

 笑みを浮かべ、吐血を拭った朱鷺に、「主上しゅじょうっ……御血おんちが流れておりまする!」と、安孫が慌てて駆け寄ってきた。

「案ずるでないっ! 此れしきの事、月が民の怪我に比べれば、大したことにあらず!」

 珍しく殺気立つ朱鷺に、「主上……」と安孫が俯く。

「案ずるな、安孫。俺はそなたの前では死なぬ。そう約束したであろう?」

「主上……」

「それと、次に俺を主上と呼んだ暁には、折檻だけでは済まさぬぞ?」

 無理にでも明るい表情を見せる朱鷺に、「心得ておりまする」と、安孫が気持ちを切り替え、敵の居場所を探る。

斯様かような場所で、命絶えてしまうものか。我が悲願は、未だ達成されておらぬでな」

 再び三人の頭上に稲光が走る。そこに、エルヴァから伝言を受けたセライが、依頼の品を持って現れた。

「おおせらい殿、遅かったではありませぬか!」

おおよそ、スザリノ王女とイチャイチャしておられたのでしょう?」

「そんな暇じゃねえんだよ! ううん、……これでも貴方方の窮地に居ても立ってもいられず、車を飛ばしてきたのですがね」

 セライが嫌味たらしく朱鷺と水影に、依頼の品——弓矢を手渡した。

「せらい殿! 恩に切りまする!」

「春日さんには、こちらを」

 そう言って安孫に手渡したのは、狩猟用の銃であった。小型のドベルト銃より三周り程大きいものだ。

「これは……」

「使用方法はドベルト銃と同じです。ただあれよりも威力が増しているため、貴方方の中では、体幹がしっかりしている春日さんにしか、向いていない武器です」

 セライもまた懐に入れていたドベルト銃を手に取り、四人が一斉に上空を見上げる。

「道具は揃うた。さあて、しつけのなっておらぬ、雷鳥狩りといくかのう」

 奇しくも狩装束姿の三人の公達。水影が弓籠手ゆごてをぎゅっと引き、朱鷺が雷鳴轟く上空に姿を現した雷鳥を見据え、不敵に笑った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る