第47話 口づけ
地球では望月が雲に覆われ、
「ようやく、私の望みを叶えて下さるのですね」
カーヤが、白小袖で帝の体に寄り添った。
「貴方の望みは、王たる者の子が欲しい、ということでしたね」
「ええ。帝様の御子を、この手に抱きたいのです」
微笑みを浮かべるカーヤに、帝は――
「帝、さま……?」
立ち上がって外に出た帝の後を、カーヤも追った。帝は
「……私は、ずっと貴方を欺いておりました。貴方だけでなく、臣下も、民も。私は、真の帝ではないのです。影なる存在。王たる者とは程遠い、ただの浮浪児上がりの男。……泥と糞に塗れたおれを、帝様が拾い上げて下さったのです。本物の帝様は、あの月におられます。美しく、静かで、遠く離れたあの場所に、貴方の望みを叶えることが出来る、唯一の
麒麟は、目を伏せて振り返った。そのまま深く頭を垂れた。
「今までずっと黙っていたこと、心よりお詫び致します。かあや姫があまりにお美しく、一目見た時からこの影の心を捉えて離さず、卑しき身でありながらも、貴方の傍にいることが、何よりも幸せでっ……」
溢れ出す涙が、簀の子に落ちていく。カーヤは胸を押さえ、地球での思い出を振り返った。この三十日近くを帝――影なる男と過ごし、カーヤもまた、幸せでないはずがなかった。確固たる目的も、この男でなければ、寝所に押し入ることさえ嫌悪し、簡単になかったことにしたかもしれない。
「流石、水影様の兄上様にございますね。必ずや、かあや姫を取り返しに来て下さると、信じておりました」
身なりを整えた実泰が、「水影もそなたを信じておった」と力強く頷いた。
「どういうことですか?」
カーヤの質問に、麒麟が目を伏せた。
「今朝、あちらとこちらを繋ぐ
麒麟は、初めて帝と会った時の問答を思い出した。何故貴族は己のことしか考えぬのか、という問いに対し、考えなければそこにいられないから、と答えた自分が正しかったと、自嘲した。
麒麟は自分の掌に目を向けた。
「おれは、帝様の影。あの御方と比べたら、なんと小さな手だろう……」
過去、名すらなかった男が、主や愛する者らを裏切った
「カーヤ殿下、お早く。あちらでは今、ルーアン殿下と地球人によるクーデターが起きております。妹君が、宰相相手に国を奪い返す為に戦っておいでです」
「なんですって? ルーアンが……」
「はい。
二人が足早にカーヤを三条家へと連れ戻す。「待って!」とカーヤは立ち止まった。影なる男に振り返る。真実を話してから、一度たりとも目を合わせようとしない男の下に駆け寄った。勢いのまま口づけをする。面喰った男に、カーヤはそっと微笑んだ。
「たとえ帝でなくとも、その存在が影であっても、貴方が私を愛しているのであれば、必ず迎えに来て下さい」
それだけ伝えて、カーヤは従者と共に、三条家へと向かった――。
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