第45話 先行投資

 朱鷺ときとエルヴァら反乱者の幹部が、向かい合って会談する。後ろに控える水影みなかげ安孫あそん。その二組の間に、ルーアンが座っている。

「宰相と直に戦うにしても、こちらに揃えられる兵も武器も限られている。新たに王宮を守る鎧兵達も、宰相に選ばれた精鋭揃いだ。金属棒だけじゃ、とても勝ち目はない。だから、今まで何度も宰相を狙ってテロを起こしてきた。どれも上手くかわされてしまったがな……。宰相に太刀打ち出来る武器を揃えない限りは、俺達の望みは叶えられん」

 鉛のようなエルヴァの見解を、朱鷺は顎に手を寄せ聞いていた。

「ふむ、成程。兵の数も武器も足らぬか。その上、あちらには鉄屑がある。どべると銃と言うたか、……安孫」

「は、此処ここに」

 安孫からドベルト銃を受け取り、朱鷺はそれをテーブルに置いた。

「何故それをお前達が持っている!」

「なに、宰相殿自らのお恵みよ。えるば殿、この銃を反乱者すべてに揃えるのに、幾ら『おかね』がる?」

「そう、だな……ざっと数オクはかかるか」

「おく? それはちょうより高いのか? 天女中?」

「いえ、チョウよりは低いけど、それがどうかしたの?」

「いやなに、ちぃとばかし、梅の様子でも見に行こうと思うてな」

 そう思惑宜しく笑うと、朱鷺は瑞獣ずいじゅうの二人とルーアン、エルヴァを連れ、町外れの仕立て屋へと向かった。

「――いやぁ、ご無沙汰にございますなぁ、しゃちょう殿!」

 いつかと同じく、仕立て屋の社長と向かい合って座る。

「おお! あんちゃんも相変わらずキナ臭ぇな!」

「おや? 梅の実はまだ芽を出しませぬかな?」

「さっぱりよ! 上手くあんちゃんらの口車に乗せられちまったと、嘆いてたところさね!」

「それは心よりお詫び申し上げまする。……されど、羽衣商売の方では、幾らか財を潤わせたようにございまするなぁ? 心なしか、工場内が真新しくなっておるように見受けられまするが?」

 ニッと笑う朱鷺に、社長も高見から笑う。

「お陰で、先行投資は成功したんでね」

「それじゃあ社長、ホントに百チョウ売り上げたの?」

 朱鷺の隣からルーアンが訊ねた。

「いーや。右肩上がりのところを、とんだ通告令が出ちまって、せっかくの売上がストップしちまったんでさぁ。こちとら新しいデザインで売り出そうと、フル稼働で拵えてたんですがねぇ。お陰で在庫が倉庫に積まれる有様でさぁ」

 社長が困ったように両手を上げるも、その表情には笑みが浮かんでいる。

「……して、どの代まで遊んで暮らせるのですかな?」

「そうさなぁ、おれ自身はもう働かなくても食っていけるぜい?」

うですか。それではまだまだ稼ぎ足りませぬなぁ?」

 笑っていた朱鷺の顔が、一変して真顔となった。

「やはりしゃちょう殿には、末代まで遊んで暮らせる程稼いでもらわねば、上手く口車に乗せた甲斐がございませぬでなぁ? ……単純明快にお頼み申し上げる。るうあん王女の王族復権が為、我ら国の転覆を企てる者に、ご尽力下され。必ずや、宰相からこの国を取り返してみせまする」

「やーぱり、そうきたかい」

 社長は立ち上がると、朱鷺らを工場の奥へと連れて行った。重厚な扉を開けると、そこには何百丁ものドベルト銃が壁に掛けられていた。

「これは……」

 エルヴァも安孫も、物々しい銃の数に、思わず息を呑んだ。

「いやね、こんな情勢でしょ? いつかはこうなるんじゃねえかって、羽衣商売で稼いだ金で、新たな先行投資でもしようと思ったんでさぁ。武器商売なんざ、子孫に誇れるモンじゃねえけど、目の前で衛兵のあんちゃんらが蜂の巣にされてるトコ見たら、何だかこの国の先行きに絶望しちまったんでさぁ。子孫には、希望ある国に生きて欲しいでしょ? だからこれは、商売人による、この国の平和な未来を願っての先行投資。そして、商売人に武器ではなく、羽衣を売らせるのが、アンタら国を動かす者の役目でさぁ。……頼むぜ、あんちゃん。ウチがまた羽衣商売で稼げるように、この嬢ちゃんをまた、王女サマの地位にまで戻してやってくれ。その為におれが出来ることは、何でも協力するぜい?」

 社長が見せた覚悟に、朱鷺とルーアンが力強く頷いた。

「これだけの鉄屑があらば、宰相殿にも太刀打ち出来ましょうぞ」

「ああ! 必ずミーナ王妃とカーヤ王女、ルーアン王女を王族にお戻しし、ハクレイを政権の座から引きずり降ろしてみせる!」

 エルヴァがドベルト銃を手に取り、改めて誓った。

 町外れの仕立て屋が揃えたドベルト銃が、元衛兵や彼らに賛同する民衆、凡そ三百人の反乱者らに行き渡った。決戦の朝に備え、朱鷺らも王宮内で準備を整えていく。朱鷺の自室に、息を切らせたセライが現れた。

「本当に父と戦うつもりですか?」

「ご案じ召されるな。ちぃとばかし、国をひっくり返すだけにございますよ」

 余裕の表情を浮かべる朱鷺に、セライが頭を下げる。

「あのような薄情な男ではありますが、わたくしの唯一の肉親でもあるのです。もしあの男を殺さねばならない時は、息子であるわたくしに、引導を渡させて下さい」

「心得ておりまする」

 そう軽く聞こえた言葉であったが、朱鷺の面持ちに一切のお道化どけはない。真っ直ぐに先を見据えて、水干すいかん弓籠手ゆごて行縢むかばき、ゆがけなどの、黄櫨染こうろぜんの狩装束を身に付けていく。その気迫に息を呑み、セライは安孫に頼まれていた地球との交信の為、一人交信室に向かった。

 安孫も松葉色の狩装束に身を包むと、ルクナン王女の自室へと向かった。入室許可証はなくとも、安孫は未来永劫、自由に王女の自室に入れる権利を得ていた。ルクナンの前で、安孫が跪く。

「我が主に従い、安穏の世が為、宰相殿とたたこうて参りまする。この春日安孫、るくなん王女殿下への忠誠をちこうた身にございますれば、必ずやこの身に代えても王女殿下を――」

「必要ありませんわ」

「へ? ……るくなん王女殿下?」

 ふいっと顔を背けたルクナンに、安孫が眉を潜める。

「万が一、ここにルーナの命を奪おうとする輩が来ても、自分の身くらい、自分で守れますわ? だからソンソンは、トッキーを守って差し上げなさい」

 ルクナンは幼子らしく強がるも、王女らしく気位を高く持った。安孫はそっと微笑むと、ルナフェスで渡した、春日八幡神の御守を握るルクナンの手を取った。

「すべてが片付いた暁には、るくなん王女殿下と共に、庭園にて茶を飲みとうございまする」

 思わず泣きそうになるのを必死に堪え、ルクナンは「その時は、トッキーもカゲもウサギも連れてきなさい!」と笑みを浮かべた。預かった安孫人形と共に、ルクナンは、愛する男の背中を見送った。

 水影は深縹こきはなだ色の狩装束に身を包むと、これまでしたためてきた日記と巻物を、寝所の上に置いた。そこに双六盤も置き、黒コマと白コマを、それぞれ両端に並べた。

「あくまで我らは、二つが世の友好関係を築くが為の視察団。ゆえに戦装束など用意しておるはずもなく。さて、れより後は、如何いかに兵を損なわず、大将の首を取れるかだが……。気掛かりは、あちらが世の情勢」

 そこに、ピョンピョンと飛び跳ねる音が近づいてきた。

「なっ……!」

 安孫の白兎が、水影の懐に入ってきた。今までの抗争などなかったかのように、白兎は安穏の表情を浮かべている。

「主をたがえておいでだが? 兎殿」

 そっと水影は吐息を漏らすも、図書館で見た文献に、望月と白兎の絵が記載されていたことを思い出した。それは月の世の言語で書かれていて、内容は分からなかったが、ルクナンの言葉から、白兎が正統王家にとって、重要な意味を成すものだと知る。

「万一の際は、貴殿が切り札となるのであろうか?」

 返ってくる言葉などなく、もう一度吐息を漏らすも、水影は懐の兎の頭を優しく撫でた。

 セライに招集され、ルーアンを含む四人が交信室に入った。モニターの映像に乱れはあるも、この間よりかは、遥かに鮮明に地球の様子を映し出した。そこに映る、二人の男。見覚えのある獅子の屏風に、水影の眉間が動いた。ザーザー音の後、レイベスの言葉が聞こえ始めた。

『……こち、らは、地球のヘイア、ン……カーヤでん、が、帝に、閉じ込め、られ、我ら、も、さんじょ、けに、幽閉され……』

「どういうこと? 地球で何が起きているの? 幽閉って、カーヤ姉様はどうなったの?」

 呆然とするルーアンに、フォルダンが説明する。

『突然、帝が……され、嵐山らんざんの、竹を、切り落とし、て……これ、では、帰れま、せ……』

 その説明だけで、朱鷺には帝――麒麟きりんが、嵐山の特別な竹を切り落とすよう命じたのだと悟った。すべては公卿衆の陰謀だと、それすらも分かっている。

「申し訳ございませぬっ。恐らくは、我が父が左様に仕向けたのでございましょう」

「こればかりは、仕方ないのう。だが、気掛かりは、かあや王女ぞ。異郷の地では、体調も芳しくなかろうて」

「王女に万一のことがあらば、こちらが世に帰れぬは、王族特務課にとっても一大事ですなぁ? さて、如何いかが致しましょう、かちょう殿?」

 水影の追及に、セライが息を呑む。

「あの時、明確にお答えしたはずですよ? 『今の段階では無理』と」

「左様。あの時は、にございますれば、今この時は、『今の段階』から如何いかばかりの進捗状況で?」

「へ? 如何どういう意味にございまするか?」

 案の定、安孫だけ状況が掴めていない。「あの時は無理でも、今この時は無理ではないかもしれぬ、ということだ」と朱鷺が説明する。

「せらい殿、もしや嵐山らんざんの竹以外にも、二つの世を繋ぐ手立てがあるのですか?」

「ええ。今までは地球の意思がなければなりませんでしたが、遠い昔に月から地球に降り立つ際に用いた技術の復活を、秘密裏に進めていました」

「ならば、希望は絶たれてはおらぬのですな!」

 安孫の嬉しそうな表情に、「成功するかは分かりませんが」とセライが釘を刺す。

「かあや王女の状況が気掛かりであるな。我が麒麟が女人に無体を働くとは思えぬが、彼奴きゃつとて男ゆえな……。貴殿らが三条家に幽閉中ならば、如何いかにして王女を救い出すか?」

 朱鷺が水影を一瞥いちべつした。

「答えなど、とうに出ておりまする。我が弟子は、三条家にて主の影となるべく鍛えし者。我が三条家には、長年の引きこもりがおりますれば、それを見込んで、影なる帝――麒麟も従者の方々を我が屋敷に幽閉したのでございましょう。……聞いておられるのでしょう、兄上。御姿を現しあれ、屋敷籠りの兄上」

 水影に促されて、襖の向こうから髭を伸ばし、陰鬱な表情の男が、目を伏せて出てきた。

実泰さねやすの兄上……」

 安孫が、変わり果てたその姿に、そっと目を細める。

「兄上、我らはれより、月が世の宰相相手に、国を奪いまする」

『なっ……み、かげ、そなた……』

 驚く実泰に、水影が二つのサイコロを振った。一と三の目が出た。

「私はさいを振りましたぞ。次は、兄上の番にございますれば、方々かたがたを引き連れ、御所に囚われし、かあや王女を御救い下され」

 面喰ったように実泰が水影を見た。何も言わず、うんと頷いた水影に、実泰もまた、大きく頷いた。腹を括った様子の実泰に、「頼みましたぞ、兄上」と水影が呟いた。立ち上がった朱鷺が、そこに繋がる者すべてを鼓舞する。

「それでは方々かたがた、決戦にございまする!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る