第37話 麒麟の本音
公卿衆による評定の席で、
御簾の前に一人の頑強な男が座った。所々禿げていた頭をすべて剃り上げて、今では
「先日、
「真ですか! それで
「
「左様ですか。良かった……」
ほっと胸を撫で下ろした
「無論にございます」
「流石は麒麟殿。欲など持たぬ、真の霊獣が如き御仁にございまするなぁ?」
評定の席に着く公卿らが、一斉にせせら笑いを浮かべた。それに居心地の悪いものを感じ、麒麟は、ぐっと唇を噛み締めた。浄照が愉快そうに鼻先を上げた。
「そなたは主上が留守居を任された影じゃ。この場におる我ら以外、誰もそなたが偽物の帝であるとは思わぬ。そこでじゃ、麒麟よ。一層のこと、このまま真の帝になってしもうては
「え……?」
予想だにしない言葉に、麒麟は瞬きもせず、目の前で薄ら笑いを浮かべる浄照に、息が詰まった。
「いやなに、そちらの方が、そなたにとっても都合が良かろう? 何せ、
「わたしは……主上の麒麟で、瑞獣が一人で……」
ほろほろと出る言葉に、浄照が立ち上がる。杯を片手に
「太古、月が民らは我が先祖らに対し、大戦を仕掛けたと伝承ではある。それゆえ、月を直接見るは不吉とされ、
そう思惑宜しく笑って、浄照が月を浮かべた酒を飲み干した。御簾の前に戻ってくるや否や、浄照が麒麟に向かって、深く頭を垂れた。
「浄照様っ、左様な真似はっ――」
「本日、
浄照に続いて、他の公卿らも頭を垂れた。
「なりませぬっ! 私は影。真の帝は
「それゆえにございまする!」
浄照の迫力に思わず麒麟は押し黙った。日の下一の武人と謳われた男にじっと睨まれ、恐怖心から目が泳ぐ。
「麒麟の本音は
ドクンと麒麟の心臓が鳴った。先刻のカーヤの涙が蘇り、深く目を瞑った。
「……欺いていたのは、おれも同じ……」
「それも口に出さねば分からぬことにございましょう。影なる存在が、光となる時にございまする。貴方様も、我らも、心は一つにございましょう?」
御簾の向こうで顔を上げた麒麟に、浄照が笑みを浮かべて、言った。
「臭い物には蓋を……邪魔者は月が世にて、その生涯を閉じれば良いだけのことにございますよ、帝様」
「邪魔者……」
麒麟は――帝と呼ばれた男は、ゆっくりと掌を返し、自分のそれに目を落とした。
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