第34話 麒麟

 厨房に戻ったルーアンが、粗末な夕食を前に涙を拭う。そこにメイド長――王宮に仕える一番の古株で、幼い頃からルーアンに厳しかったシリアが現れた。無表情で、白髪混じりの灰色の髪を後ろで束ねる、メイド服姿の老婆が、眼鏡を上げ、口を開いた。

「何を悠長にされているのです?」

 相手が王女であってもメイドであっても、話口調は変わらず厳しい。

「……ごめんなさい」

 立ち上がったルーアンは、力なく口を付けていない夕食を残飯入れに捨てた。その行動に、「食べ物を粗末にしてはならないと、幼い頃よりお教えしてきたはずですよ?」と冷淡な声で注意され、「本当にごめんなさい」と、ルーアンは目を伏せて謝った。傷心した様子の元王女に、シリアは顔色一つ変えず、言った。

「夕食が済まれたのであれば、ホールの飾り付けの手伝いをお願いします。五日後が何の日か、お忘れではありませんね?」

「五日後……? ああ、そうだったわね。もうそんな時期なのね……」

「分かっていらっしゃるのであれば、貴方もメイドとしての自覚をお持ちなさい。ルナフェスは、王族のみに許された慈善行事。貴方は善意を施す側から、施される側になられたのですから」

「……そうね。貴方の言う通りです、メイド長」

 ルーアンが他のメイドと共に、ホールの飾り付けをしていく。ガラス窓に映る自分の姿に、ルーアンはそっと顔布を外した。泣いた痕の残る金瞳は、王族の証。しかしそれも今では、顔布に隠れ、人々の目には、ただのメイドとしか映らない。

「――ところで水影みなかげ、何か策は浮かんだか?」

「いえ。此方こちらから帰るは、今のところは無理かと」

うか。そなたが左様に申すのであらば、言葉通りであろうのう」

「されど、あちらが世のと話す機会さえあらば、またちごうてくるかと」

 水影が、じっと朱鷺を見上げる。

「ふむ、帝、のう……」

 意を含む朱鷺の表情に、「それは無理にございましょう」と、安孫が首を横に振った。

彼奴きゃつにこちらが事情を話し、嵐山らんざんの竹を伸ばすよう説得すらば、すぐにでも迎えは来ましょう。あちらが世とさえ、しかと交信出来れば良いのですが……」

「ふむ。如何どうにかして影と話さねばのう。……絶世の美女を前に、腑抜けになっておらぬと良いが。彼奴は――麒麟きりんは今時分、何をしておるか……?」


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