第33話 追わない男

 朱鷺ときの自室に夕食を運んできたルーアンは、姿見に映る羽衣装束姿の自分に、そっと目を細めた。それでも心を切り替えて、テーブルに三人分の夕食を並べる。朱鷺は寝所で横になっていた。

「ほら腹黒、ちゃっちゃと夕食食べなさいよ!」

 ルーアンが朱鷺の背中に向かって、明るく促した。うんともすんとも言わない朱鷺に、「もう!」と痺れを切らせ、その束帯の背を引っ張った。その瞬間、朱鷺に手を引かれ、ルーアンは寝所に押し倒された。

「ちょ、何するのよ、腹黒っ……!」

 急な行動に声を荒げるも、見下ろす朱鷺の端正な顔立ちに、ぼうっとルーアンは顔を赤らめた。両手首を掴まれ、顔を反らすことでしか表情を隠せない。心臓が鼓動を増し、痛いくらい高鳴っていく。思いがけない展開にも、満更嫌な気はしなかった。

「……天女中、そなた、かあや王女とは、似ておらぬのう」

「え……?」

 その言葉に、ルーアンは唾を飲み込んだ。手首を離し、起き上がった朱鷺が、「真に姉妹か?」と顎に手をやり、怪訝けげんな表情を見せた。ルーアンが唇を噛み締める。

「いやぁ、まさかあれ程の天女がこの世に存在しようとはのう。早う水影が策をもって、あちらが世に戻らねばならぬのう」

「……そんなにカーヤ姉様を愛しているの?」

「無論ぞ。俺はすべての天女を愛しておると、幾度言えば――」

「やっぱりアンタなんて信頼出来ないっ……!」

 ルーアンが声を荒げて、ぐっと拳を丸めた。

「天女中? 何を左様に怒っておるのだ?」

「……別に。怒ってなんかいないわ……」

 背中を向けたルーアンが、足早に扉へと向かって行く。

「最初から私の望みなんて、訊く気もなかったくせにっ……」

 そう呟いたところで、水影みなかげ安孫あそんの二人と入れ違いになった。

「るうあん殿?」

 部屋から出て行ったルーアンに、安孫が首を傾げる。

「泣いておられたようにございますが」

 水影に指摘され、「左様か……」と朱鷺が頬を掻く。

「追わずとも宜しいのですか?」

 鈍感な安孫といえども、この状況が芳しくないと分かっていた。大きく吐息を漏らした朱鷺が、「今は聞く耳を持たぬであろう」と、その心中を察した。

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