第33話 追わない男
「ほら腹黒、ちゃっちゃと夕食食べなさいよ!」
ルーアンが朱鷺の背中に向かって、明るく促した。うんともすんとも言わない朱鷺に、「もう!」と痺れを切らせ、その束帯の背を引っ張った。その瞬間、朱鷺に手を引かれ、ルーアンは寝所に押し倒された。
「ちょ、何するのよ、腹黒っ……!」
急な行動に声を荒げるも、見下ろす朱鷺の端正な顔立ちに、ぼうっとルーアンは顔を赤らめた。両手首を掴まれ、顔を反らすことでしか表情を隠せない。心臓が鼓動を増し、痛いくらい高鳴っていく。思いがけない展開にも、満更嫌な気はしなかった。
「……天女中、そなた、かあや王女とは、似ておらぬのう」
「え……?」
その言葉に、ルーアンは唾を飲み込んだ。手首を離し、起き上がった朱鷺が、「真に姉妹か?」と顎に手をやり、
「いやぁ、まさかあれ程の天女がこの世に存在しようとはのう。早う水影が策をもって、あちらが世に戻らねばならぬのう」
「……そんなにカーヤ姉様を愛しているの?」
「無論ぞ。俺はすべての天女を愛しておると、幾度言えば――」
「やっぱりアンタなんて信頼出来ないっ……!」
ルーアンが声を荒げて、ぐっと拳を丸めた。
「天女中? 何を左様に怒っておるのだ?」
「……別に。怒ってなんかいないわ……」
背中を向けたルーアンが、足早に扉へと向かって行く。
「最初から私の望みなんて、訊く気もなかったくせにっ……」
そう呟いたところで、
「るうあん殿?」
部屋から出て行ったルーアンに、安孫が首を傾げる。
「泣いておられたようにございますが」
水影に指摘され、「左様か……」と朱鷺が頬を掻く。
「追わずとも宜しいのですか?」
鈍感な安孫といえども、この状況が芳しくないと分かっていた。大きく吐息を漏らした朱鷺が、「今は聞く耳を持たぬであろう」と、その心中を察した。
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