第32話 帝の意思

 王族特務課に向かった水影みなかげ安孫あそんは、セライをテラスへと呼び出した。

「それで、主殿は落ち着きましたか?」

「いえ、それが――」

「単刀直入にお訊ね致しまする、せらい殿。我らが早急にあちらが世に帰る術を教えて頂きたい。ささ、単純明快にお答えあれ」

 安孫の言葉を遮り、水影が口早に訊ねた。

「水影殿! 物事には順序というものがございますれば……!」

「いえ、春日さん。わたくしも回りくどいことは嫌いですから。単純明快に答えるとすれば、今の段階では無理、と言えばご納得頂けますか?」

 ふっと水影が笑う。

「何一つ単純明快ではございませぬなぁ? 意を含み過ぎて、逆に難解なお答えになっておられるようですが?」

「そうですか? 最もシンプルかつ分かりやすくお答えしたつもりでしたが。……そもそも今回の交換視察の件は、大昔に断絶された月と地球の復交の先駆けとして、が言い出したこと。かつて二つの星を行き交う手段として開発された、特別な竹。それが地球の嵐山らんざんにしか存在しない今、どう足掻こうとも、あちら側の意思がなければ、迎えが来ないことなど百も承知でしょう。そしてその意思は、貴方方ヘイアンの国の帝がなさること。答えはこれに尽きるのではないですか?」

「帝の意思……」

 安孫が目を伏せた。

「カーヤ殿下には、何やら目論見がお有りのご様子。あのお方の意志はかなりお強い上、目的の為ならば手段を択ばないという、どこかの誰かと同じご気性ですからね。きっと向こうの世界でも、世を乱されておいでだと思いますよ? それに帝が翻弄されていないとも限らないですからね」

 そう言うと、セライは懐から煙草を取り出した。その隙間に見えた鉄屑に、安孫がゴクリと唾を飲み込んだ。

「あの、せらい殿……」

「ああ、煙草ですか? 春日さんも吸ってみますか?」

「いえ、あの……」

「頂戴致します」

 セライから細長い紙筒を受け取った水影が、先端に火を点け、煙草を吸った。

「へえ、ヘイアン装束でも、サマになるものですね?」

「お褒めにあずかり、光栄至極にございまする」

 平然と煙を吸う水影の隣で、安孫が俯く。あの見合いの席で目の当たりにしたドベルト銃の威力が蘇ってくる。触れた鉄屑の感触が今猶忘れられなくて、初めて受けた衝撃に、再び触れたいという欲望に駆られる。

「話は済みましたね。わたくしも忙しいので、もう仕事に戻ります」

 そう言うと、セライは備え付けの灰捨てに煙草の火を押し当て、仕事場へと戻っていった。

「ゴホっ……」

「水影殿っ! 左様に我慢されて、体に合わぬものであらば、如何いかがされるおつもりか!」 

「それもそれでまた、一興にございましょう?」

 無理して笑う水影に、「真、負けず嫌いにございますな」と安孫が呆れた。

「それはそうと、兎殿は如何いかがされたのです?」

「ああ、我が自室にて、昼寝の最中にございますよ」

うですか。……良かった」

「へ?」

「いえ、こちらがことにございまする」

 兎と不仲状態にある水影の顔に、そっと安堵の色が浮かんだ。

「されど、此度こたびの件、如何いかがされるおつもりか? 帝の意思と言われても、真の主上みかどは、朱鷺様にございましょう。あちらが世におるは影。しかも、つい三年前まで浮浪児であった者。主上しゅじょう御自らが都にて拾われ、側近に据えられたと言うても、これ幸いと、好き勝手に遊んでおるのではないですか?」

「貴殿はの男の底力を見縊みくびうておいでですな。彼奴きゃつは、ただの浮浪児上がりではございませぬよ。この世の底を知っておるゆえ、発揮出来る力は相当なものにございますれば、主上もまた、彼奴を影として、あちらが世に残してこられたのでございます」

 水影がうんうんと頷きながら、煙草の火を消した。水影の脇差には鳳凰ほうおう紋が、安孫の太刀には、九尾の狐紋が刻まれている。俯く安孫の脳裏には、影の存在と父、道久の姿が思い浮かんでいた。



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