第30話 遣月日記

 遣月けんげつ日記より、交流十五日目の記述。

『本日は朝より月が民との交流の為、王宮外の町にて、童らとて鬼なる戯れに興ずる。童十数名に対し、大の男三名が鞠にて本気の中て合いをするも、童らの体力にはついてゆけず、すたみながないと、王族特務課のせらい殿より失笑を喰らう。それを受け我が主、唯一無二の月友と口論なるも、すざりの王女殿下が仲裁に入られ、事なきを得る。本日もまた恋仲同士の仲睦まじき御姿に、反吐が出る』


 交流十七日目の記述。

『本日は我が主の目的に於ける進捗状況を調査する。王宮内の女官、女中、凡そ二十数名は、既に羽衣装束を常とする。王宮外に於いては、口伝えにその風貌の良しが広まり、月が世に一大旋風(ぶうむ)を巻き起こしている。単に我が主の功績が成すものであるが、肝心なすざりの王女殿下の羽衣装束姿は未だ露見せず、すべては恋仲であられるせらい殿が、我が主の悲願を邪魔立てされておるものと推測される。それでいて、一人王女殿下の羽衣装束姿を堪能されておいでゆえ、反吐が出る』


 交流二十三日目の記述。

『本日は月が世の元王女であり、現在、我が主より天女中と渾名される、るうあん殿が、見目麗しい天女姿の女官殿を口説く主に、陰ながら嫉妬の表情を見せておいでであった。頬を膨らまし瞳を潤ませる御姿に、お気持ちをお伝えあれと助言するも、す、すきじゃないわよ、あんな女ったらし……と己が想いに蓋をされる複雑な女人心に、どうせ最後にはくっつくゆえ、さっさとやること済ませれば良いのにと、我が心中にて思う。主も主で、天女中は乳なしだからのう、と建前を仰られるも、本音では互いに好き合うておられる者同士の進まぬ恋路に、思わず反吐が出そうになった』


 水影みなかげの日記の内容に、「ええ?」と安孫あそんが困惑した。

「水影殿、それがしの記載が、一切見受けられぬのですが……」

「左様。日記の中でも、無き者として視ておりまするゆえ」

「先日は某の武勇を書いて下さると、仰られておりましたではございませぬか!」

「はあ? 大した御活躍など、されておられぬでしょう?」

「少しは御心開いて下さったと、思うておりましたのに!」

「私と貴殿は、主が瑞獣ずいじゅうである者同士。それを友人と勘違いされては困りまする、安孫殿」

 相変わらず水影は無表情で、ああ言えばこう言う仲に、安孫は大きく溜息を吐いた。

「……某の記載が省かれておるのは百歩譲って仕方ないとして、何故なにゆえどれも最後、反吐が出るで締められておいでか?」 

「まいぶうむ、にございますれば」

「まい? ……良う分かりませぬが、貴殿が楽しそうで、何よりでございますな」

 安孫に心中を言い当てられ、水影は思わず緩んだ表情を、咳払いと共に正した。

「それよりも、主上しゅじょう何処いずこに行かれたのでありましょう?」

 水影の自室で、朝食以降姿をくらませた主の行方について、安孫が案じる。

大凡おおよそ、目的完遂の為の、選定かと」

「選定? ああ、もしや……」

 安孫は嫌な予感がしてならない。懐でうごめく白兎が、ひょいっと顔を出した。

「御察しの通りにございますよ。主上は今、酒池肉林にて侍らす、天女様選びの真っ最中にございます」

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