第24話 幼い日の記憶
『――兄上!
それは水影が十三の年。元服して間もない頃。五つ年の離れた兄、実泰との双六勝負の為、屋敷内を走り回っていた。
『ここぞ、
そう庭先から声が上がり、
『兄上! もう相槌丸ではございませぬ! 水影にございますと、幾度申し上げたことか!』
『はは。すまぬ、まだ慣れなくてな。それよりも
『双六! また相槌に双六遊びを教えて下さいませ!』
自分もまだ
双六盤の前でも、ずんと沈んだままの水影に、『気を落とすでない』と実泰が慰める。
『されど、元服したにも関わらず、己が名を違えるなど、恥でしかございませぬ』
『そうは言うがな、長年相槌丸であったのじゃ。そう易々と、三条水影にはなれまい。ゆるりと水影の名に、相応しい男になれば良いだけのことぞ』
兄の言葉に、うんうんと相槌を打つ。その様子に、『名は変わっても、その性根は変わらぬなぁ』と実泰が笑った。
『ところで、春日様の御嫡男、
その名に、水影が双六盤上のコマを乱した。
『水影? 急に
『い、いえ! 申し訳ございませぬ。今コマを戻しまするゆえ!』
そう慌てて言って、双六盤上の先程と同じ位置に、三十もの黒コマと白コマを並べた。
『水影そなた、すべてのコマの位置を覚えておったのか?』
『へ? あ、ああ、左様にございまする。さて、気を取り直して、兄上の番にございますれば、
『水影、そなたはやはり……』
そう神妙な顔で見つめてくる実泰に、『
『これはこれは春日様。お久しゅうございまする。
『これはこれは実泰殿。相も変わらず、武人が如き佇まいにございますれば、来年の敬福祭に於いても、帝の御前にて、その武勇を遺憾なく発揮されるおつもりですかな?』
『それを仰られるならば、真の武人は、安孫殿にございましょう』
頭皮が見え隠れする道久の隣から、同い年で元服した安孫が水影に目を向けた。目が合い、ぎょっとするも、水影はふいっと顔を反らした。貴族と武家の仲であっても、等しく帝に仕える家同士、父らの親交は深く、こうして春日家の親子が屋敷に遊びに来ることもしばしばあった。その度に同い年である安孫と目が合うも、水影は言葉発さず、顔を反らすばかりであった。
父と兄が道久の相手をしている中、水影は別室で一人、双六盤で遊んでいた。
『……双六にございまするか?』
ぎょっとして振り返ると、案の定、獅子の屏風から顔を出した安孫が立っていた。ふいっと双六盤に向き直し、無視する。
『
背中に聞く安孫の声に、『無視ではございませぬ。その存在を無き者と視ておりまする』と、あっさりと応えた。
『それを無視と言うのでは?』
声を張る安孫に、ばんっと水影は双六盤を叩いた。
『……水影殿?
背後に立つ男の存在が、去年の敬福祭を思い起こさせる。元服前であったにも関わらず、武勇の誉れを競う催しに於いて、
『貴殿など、ただの武人ではございませぬか――』
どうしてか、あの言葉に込められたものは、怒りだけではなかったような気がする。黒コマと白コマが並列する双六盤上に、水影はそう心内に思った。
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