第22話 宣言通り

「――いやぁ、の場では咄嗟にまじないなどと言葉を使つこうたが、思えば彼の様な振る舞いは、ただ敵に塩を送るだけであったのう。何故なにゆえ俺は、彼奴きゃつの命を救うてしもうたのか?」

「左様にございますなぁ。言霊とは、げに真、恐ろしき力を秘めておりますなぁ」

 朱鷺とき水影みなかげが、うんうんと頷く。

「まったく、まじないなどと科学的根拠もないようなもので、わたくしの命を救ったと勘違いされては困ります」

 そこは官吏用住宅の一室で、頭に包帯を巻いたセライが、ベッドから小言を言った。

「おやまあ、せらい殿。左様な物言いをされれば、貴殿が石頭ゆえに、頭を金属棒で殴られても命助かったと、左様に王宮内に吹聴しても、宜しいのですよ?」

 意地悪く笑う水影に、「わたくしは石頭ではありません」と、セライがきっぱり否定する。

「ま、まあ、何はともあれ、命拾いしたのですから、良かったではございませぬか!」

「この中で友人を作るのだとしたら、春日さんだけですね」 

 安孫あそんの気遣いに、セライは他二人に向け、嫌味たらしく言った。

「せらい殿! 是非某それがしも、せらい殿と友になりとうございまする!」

「ええ。よろしくお願いします」

 そっと微笑んだセライに、「何故なにゆえ安孫だけなのだ?」と、朱鷺が首を傾げる。「同じ二世ゆえかと」と、水影も不服な表情を浮かべた。

 そこに、公務を終えたスザリノが、仕事の合間に抜け出してきたルーアンと共に現れた。

「ちょっとアンタ達! まだセライは安静が必要なんだから、余計なストレスを与えるようなことはしないでよね!」

 開口一番そう言い放ったルーアンに、「すとれすとは何ぞ?」と朱鷺が問う。

「アンタ達の存在そのものよ」と冷静に答えたルーアンを、「そのようなことはありませんよ、ルーアン様」とスザリノが宥めた。

「サマ付けなんて、私はもう王女じゃないのよ? ルーアンでいいわよ!」

 羽衣装束姿のルーアンが、慌てて否定した。

「いいえ。貴方様は今でも王女です、ルーアン様。今回のことで分かったのです。私もセライも、やはりお互いの気持ちに素直に生きようと。今はまだ私が第一王女ですが、いずれ本来あるべき王位継承権に基づいて、貴方様方の名誉を取り戻したいと考えております」

「それってつまり……」

「わたくし達は、ミーナ王妃にカーヤ殿下、それからルーアン殿下が王族として王宮に復権されるよう、支持していくということです」

 セライが大きく頷き、微笑んだ。その隣にスザリノが座る。

「ほう。その上で、御自らは好いた者同士、しれっとご結婚されるという腹にございまするな?」

「その通りですよ、三条さん。我々は最初からそのつもりだったのですから。まさか今回こんな風に自分が立ち回るなんて、思ってもいませんでしたが、こうしてすっきり出来たのは、貴方方のお陰なのかもしれませんね」

 しおらしいセライの言動を受け、さっと朱鷺がスザリノの前に腰を落とした。その手を握り、微笑む。

「あのっ……」

 何も言わずに見つめる朱鷺に、スザリノは呼吸も忘れて、その瞳を見上げた。

「今、私のことをお考え下さいましたな?」

「朱鷺殿?」

「一瞬でもせらい殿のことを忘れ去ることが出来たならば、それ幸い。宣言通り、貴殿から、せらい殿を忘れさせてご覧にいれたのですよ?」

 そう言って朱鷺は立ち上がった。パチパチと瞬きをして朱鷺を見上げるスザリノの手に、紺碧色の押し花が握られていた。

「これは……」

「何故貴方がこれを?」

 セライが目を丸くさせて朱鷺を見上げた。その押し花は、見合いの日にセライが職場の屑籠に捨てたものだった。

「いえ、見合いの同席許可証を頂いたは良いが、またもや信認印が要るということであらば口惜しく、それを訊ねに再度お伺いしたところ、何やらそのお花殿が寂しそうにしておられたものですから、主の場所までお運び差し上げたまでのこと。もしや、無用な気遣いでしたかな?」

「いえ……ありがとう、ございます」

 スザリノから押し花を受け取り、セライはそれを、ぎゅっと握り締めた。

「では我らはれにて。お怪我のご回復、我ら一同祈願しておりまする」

 そう三人が立礼した。

「ほれ天女中。そなたも参るぞ」

「はあ? 私はもう少しスザリノと――」

「余計なすとれすを与えてはならぬのだろう? ほれ、邪魔立てするでない!」

「ジャマって、アンタだってホントは――」

「それはもう良いのだ。ほれ、参るぞ」

 無理やりルーアンも連れて、朱鷺らがセライの部屋を後にした。急に静まり返った部屋に、スザリノが「ふふ」と笑った。

「どうされたのです?」

「いえ、不思議な方々だと思いまして。地球の方々は、皆さんあのように賢明で、勇敢で、お優しいのですかね?」

「さあ? わたくしには理解出来ない立ち居振る舞いですが、こうして殿下とまたお話し出来るのは、あの方達のお陰なのです。あの……地球の友人が俺を焚き付けてくれたから、こうしてまた、お前を抱き締めることが出来たんだ」

 セライに抱き締められ、ぎゅっとスザリノはその服を掴んだ。

「一つ、訊いてもいいですか?」

「なんだ?」

「私が王女じゃなくても、セライは私を愛してくれましたか?」

 その質問に、ぴくっとセライは反応するも、スザリノの髪を擦りながら答えた。

「どうだろうな。俺には王女じゃないお前は想像出来ないからな。ただ、お前が王女じゃなければ、俺は他人を愛することさえなかっただろうな」

 その答えに、スザリノは満足したようにセライを抱き締めた。

「ああ、本当に王女でよかった……!」

 心からの言葉に、「なんだよ、それ!」と、セライが大きく笑った。

「そうだ。お前に一つ、お願いがあるんだが……宜しいですか? 殿下」

 改まったセライの態度に、スザリノは首を傾げた。部屋の隅には、朱鷺からの見舞いの品が置かれていた。光沢ある錦の風呂敷に包まれたそれは……。


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