第8話 New×Fourth×Vampire
今アタシたちは姿勢を低くしているわけだが、アタシは全く状況が掴めていなかった。なぜ、急に穴が? そしてなぜ彼はそんなにも楽しそうな顔をしているのだ?
「アイゼ……ぅわっ!」
バキッ、ブシャァァァァ
状況を訊こうとしたら腕を強く引っ張られ、アタシは無理矢理彼の後ろに隠れる形になった。その訳を聞く前にアタシがいたところの蛇口が吹っ飛び、水が噴水のように出てきたので口を開けたまま固まる。ただただ驚いて、狂ったように水を吐き続けるかつての蛇口を見つめる。水がかかって冷たいことは驚愕のあまり気にならない。
「血に誘われて来たか」
アイゼンバーグはニヤリと笑って素早く立ち上がる。そしてアタシの腕を掴んだまま走り出した。彼がすごく速く走るので足を動かしていても半分引きずられる。あぁ、靴が脱げる!
キュンキュンキュンッ!
何て思っていられない! だって確実に何かはアタシが通った後を狙っているのだ!
振り向くと地面に点々と続く穴があった。あぁっもうっ何!? 言い知れない恐怖が襲ってくる。
「ハイネグリフ……ホノカを狙っているようだな」
「はい!?」
何!? ハイネグリフがアタシを狙っている? 何それ! というかハイネグリフって誰!?
「ハイネグリフって……!」
背中に向かって問いかけたが、聞こえているかは微妙だった。何しろ走る、というか引きずられるのでやっとなので声がうまく出ないのだ!
彼はひとまず置きっぱなしになっていた黒いバンの後ろで足を止めてアタシに低い姿勢を保つように促した。アタシは心臓をドキドキさせてハァハァ息切れしているのにアイゼンバーグは息一つ乱れていない。まぁ、呼吸をしないらしいから当たり前か。
「ハイネグリフは血の臭いを嗅ぐと饒舌になり、何倍も強くなる面倒な奴だ」
アタシの問いかけが聞こえていたらしく、アイゼンバーグはバンの窓からどこかを窺いながら答えた。
血の臭いを嗅ぐと饒舌になって何倍も強くなる? なんだそのパワーアップ。なんだかよく分からないが現状は相当危険らしい。だから早く血を洗い流したかった訳か。
「それにハイネグリフはホノカを殺そうとしているようだ。奴はデインやマリウスとは違うからな。ホノカ、お前死ぬぞ」
鋭く光る牙をアタシに見せて笑うアイゼンバーグ。嘘、ちょっと死ぬってそんなに簡単に言わないでよ!
「何それ! 元はといえばアイゼンバーグが……!」
キュンキュンッ!
何かがバンを擦り抜けてアタシの目の前を通っていった! アイゼンバーグがアタシの頭を軽く後ろに押してくれなければその何かはアタシの頭を貫いていた! 何何何!? もう頭の中がぐちゃぐちゃになる!
「今ので分かったか?」
「何が!」
「ハイネグリフがホノカを殺そうとしていることだ」
ニヤリ顔に文句を言ってやりたいのだが、言ってやることは出来なさそうだった。こんがらがった頭の中に殺されるという単語だけが浮かび上がってくる。
確かに何かがアタシを狙っている。それが当てずっぽうではないことは、アイゼンバーグがいなければ恰好の餌食になっていただろうことから分かる。どこにいてもどこに隠れてもそれはアタシだけを狙っているのだ。アイゼンバーグだけを狙っていた前の二人とは違って、ハイネグリフという人はアタシを……。背筋がゾクリとした。
「!?」
突然ふわりと甘い匂いがしたと思うと魅力的な声が耳元で響いた。恐怖から、今度は溺れるように魅せられてしまい、ぼうっとしてしまった。正気に戻ったのは高らかに響く彼の声を聞いた時だった。
「ハイネグリフ! ぶっ飛んでいるんだろ?」
アタシはバンの上に立って真っ直ぐにどこかを見つめている彼を見上げた。そんなところに立っていたら危ないのに! 思ったけど口には出さなかった。彼がくれたチャンスだ。それを棒に振るようなことはしたくない。
それからしばらくして、結構離れたところに男の人が姿を現した。アタシはバンの後ろに隠れたまま中腰で窓から男の人を確認する。月明かりでキラキラ光る金髪を緩く三つ編みにして右胸に流している、金色の瞳の人。手には銃が握られているのが分かった。そうか、今までの攻撃はあの銃からされていたものだったのだ。銃弾もないし音も全くしないから分からなかった。
「正気か?」
アイゼンバーグが問いかけた。アタシはゴクリとつばを飲み込み、様子を窺う。
「ぶっ飛んでいるかと問われればぶっ飛んでいるかもしれないと答えますが、正気かと問われれば確信を持って正気だと答えられます。なぜなら私は今、貴方とこうしてしっかり受け答えが出来ているのですから当然と言うべきことでしょう。しかしまた違う角度から今の私を見るのであれば正気でないと言われてもおかしくないかもしれません。いつもの私と違うことは明らかな事実です。ならばこう答えましょう。少なくとも私は今の私を正気であると思っています。いかがですか、アイゼンバーグ」
確かに饒舌だ。なかなかここまで長く答えられる人はいないと思う。見た目ではそんなに変わった人に見えないのだが、やはり吸血鬼の世界も見た目に寄らないのだろうか。また疑問が増えた。
「確実に飛んでいるな」
彼は多分、ニヤリと笑っていることだろう。見なくても声で分かる。
「アイゼンバーグ。貴方は私がぶっ飛んでいると言いますが貴方はどうなんです。私から見た今の貴方も十分に正気ではないと思いますよ。貴方はいつからそんな弱々しく何の役にも立たないただの足手まといな人間の小娘を連れて逃げるようになったんですか。少なくとも私の知る貴方がするような行動でないことは明らかです。そんな人間の小娘などサッサと切り裂くでも血を飲み干すでも何でもして殺してしまえばいいんです。そうすれば身軽になれるでしょう。私はその手助けをしてあげているんですよ。感謝してもらいたいものですね」
アタシは男の人の言葉に怒りを覚えた。確かに自分でも足手まといだと思うし、アイゼンバーグはどうしてアタシを連れているのかと疑問に思っている。しかしそれをいざ他人にずばずば言われるとさすがにムカツク。それにあの人、絶対におかしい。殺してしまえばいいのですなんてそんなにあっさり言うことか!
「俺はいつでも正気だ。そうだろうハイネグリフ。ホノカをどうこうするのはお前が決めることではない。俺が決めることだ」
合図だ! アタシは思い切り地面を蹴って走り出した。バンの後ろから飛び出し、廃ビルに向かってダッシュする。
「俺がお前の名を呼んだら建物に向かって走れ」
アイゼンバーグはあの時アタシにそう囁いてバンの上に飛び乗ったのだった。アタシは彼が合図をくれるのをずっと待っていて、合図があった今、走り出したわけだ。廃ビルまでは五メートルほど。アイゼンバーグも引きつけてくれているし大丈夫だと思っていた。
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