【第十七話】アイツの正体を千春に教えなくちゃならない:冬至唯中.txt

 秋葉さんに励まされて俺は千春と向き合う決心がついた。

 とりあえず、アイツの正体を千春に教えなくちゃならない。

 それでどうするかは千春次第だけど。

 本当は、玄関先でさっと話して終わりにしたかったけど、秋葉さんを巻き込むわけには行かないので、とっさに部屋に入ってしまったし、千春も招き入れてくれた。

 ここが千春の部屋…… あいつの部屋でもあるけど。

「は、話さなければならないことって何? おはぎの君のこと? よ、よかったじゃん」

 なんか千春が動揺しているように思える。

 やっぱり千春もおかしいと思ってたのか?

 そうだよな、千春があんな奴と付き合うこと自体がおかしんだ。

 けど、

「おはぎの君?」

 って、なんだ? 秋葉さんのことか? おはぎだから。

「秋葉さんのこと、あんな美人といつのまに?」

 友達になったことか?

 いや、そもそも友達なのか?

 隣人ではあるけど、今日も偶然帰りが一緒になっただけの仲だし……

 もしかして、千春、俺にやきもちを焼いてくれているのか?

 い、いや、そ、そんなことが…… あるのか? やばい、嬉しいぞ、これ。

「な、なにを言ってる? それより千春聞いてくれ、あの、一夏という奴はひどい奴なんだよ」

 そうだ。

 まずはそのことを千春に伝えなければ。

 本当はどうしようかと迷っていたけど、秋葉さんに勇気づけられたんだ。

 それに千春のためにも、これは伝えないといけない。

「だから、何? そんなことはわかってるわよ。だから惹かれるのよ」

 ひどい奴だから惹かれる?

 そ、そうなのか?

 そういうものなのか?

 と、とりあえずアイツが浮気していたことを伝えるんだ。そうすれば千春も目を覚ましてくれるはずだ。

「そこで見たんだよ」

「何を見たの?」

 息が詰まりそうだ。

 千春の視線が深く突き刺さる。

「ホテルから…… アイツが出てくるところを……」

 ははっ、言ったぞ、言ってやったぞ!

 ざまーみろ!

「はぁ!? 誰と!?」

「知らない奴」

 あれ? そんな反応なのか?

 確かに怒ってるけど、ただの不機嫌な千春にしか…… 見えない?

「男? 女?」

「それ、重要なことなのか?」

「超重要だよ。というか、冬至君もやるよね、ホテルから出てくるところ見たってことは、秋葉さんとも行ってたんでしょう?」

 あれ? 千春、全然怒っていない?

 なんで?

 秋葉さん? なんで秋葉さんが話に出てくる?

「どこに?」

「あのホテルに、すぐそこのラブホのことでしょう?」

「誰が?」

「冬至君と秋葉さんよ!」

「違う、一夏のヤツだよ!」

 そうだ、ホテルに行ってたのはアイツだ!

「はっ、へ? 愛とあんたがホテル行ってたの!」

「なんでそんな話になる?」

 なんで俺があんな奴とホテルに行かなくちゃいけないんだ。

 もしかして、千春の奴もこう見えて、かなり混乱しているのか?

「違うの?」

「違うよ!」

 俺が否定すると、俺をずっと睨んでいた千春は視線を下げて、大きなため息をついた。

 その後、何度か大きく呼吸をして上を向く。

 その顔は俺のよく知っている千春の顔だった。

 けど、その千春の顔はなぜか怖い。とても怖く感じてしまった。

「ああ、うん、ごめん、ちょっと頭に色々血が上ってた……」

「千春はアイツが浮気してても、そんなに怒らないのか?」

 俺には多少いら立っているようにしか、見えない……

「十分怒ってるわよ、ただ、やっぱりな、としか思わないけど」

 そう言って千春は悔しそうな表情を見せた。

 その顔は俺に、酷くのしかかる。

 きっと俺には何があっても向けてくれない千春の表情だ。

 そのことがすぐにわかってしまった……

「なっ、その程度なのか? 千春は本当にアイツのこと好きなのか?」

 千春の表情をみれば、それはわかる。千春はあんな表情をするくらいアイツのことが好きなのだろう。

 でも、俺は、それが悔しくて、とても悔しくて、そう言ってしまう。

「冬至君には関係ないでしょう?」

 そう…… なのかもしれない。

 俺はずっと何もしてこれなかった。

 浮気を告げ口するくらいはできても、それ以上首を突っ込む権利は俺にはない。

 だから、死ぬほど後悔したんだ。後悔して来たんだ。

「でも、俺は…… ずっと千春のことが好きなんだ。今も……」

「はぁ? 私のこと好きなのにあんな美人とホテル行ってたの?」

 ああ、やっぱり千春は俺のこと何とも思ってないのか……

 やっとの思いで伝えた気持ちも、この程度の反応なのか……

 でも、なんで美人? 秋葉さんのことか?

「何の話? 秋葉さんとはなんでもないよ?」

 俺は少し、いや、とても絶望的な気持ちだった。

 千春は本当に俺のことを何とも思っていない。それがはっきりとわかってしまった。

 もしかしたら、俺が気持ちを伝えれば…… 話が変わるんじゃないか、そうどこかで思ってしまっていたけど、そんなことはなかったんだ。

 今、それがはっきりとわかってしまった。

「え? あっ、そ、そうなんだ、そかそか。あっ、いや、えーと、あのね…… まあ、浮気の件は知らせてくれて、ありがとう」

 あれ? 千春が一瞬嬉しそうな顔をしたような?

 でも、浮気を伝えられて、なんでそんな平気そうなんだ?

「なんで千春はそんな平気そうなの?」

「いや、十分怒ってるわよ。あのね、んー、これはいくら何でも言うまいと思ってたけど、冬至君。あなたは私のこと本当は見てないのよ?」

 俺が千春を見ていない?

 俺は千春しか見ていない。

「そ、そんなことない! 俺はずっと千春だけを見て来た、それだけは自信がある。それだけは嘘じゃない!」

 俺がそう言うと、千春は、その、なんて言うか、酷くめんどくさそうな表情を浮かべた。

「それはそうなんだろうけど。それは私じゃなくて、冬至君の頭の中の私でしょう?」

「それは……」

 俺の頭の中の千春?

 その言葉を言われたとたん苦しくなる。

 とても、とても胸が苦しい。

 なんで、なんでこんなに苦しんだ。

「あのね、私はね、浮気されたくらいで、そこまで元々怒らないの。それで許せなかったら別れてそれで、はい、おわり、なの」

「アイツにそこまで毒されて……」

 そうか、千春はアイツに毒されてるんだ、そうだ。

「愛はああいう奴だけど、私が本気で嫌だって言うことは無理にはしてこない人なの。私がこんなんなのは生まれつきよ、私の初体験がいつか知ってる?」

「は、初体験!?」

 ち、千春の初体験? で、でも女同士なら……

 あ、あああ、あったとしてもきょ、去年か?

「まさか、今の今まで私が処女だとも思ってたの? 私の初体験中学生の頃よ?」

「は?」

 ちゅ、中学? 千春の初体験が中学?

 え…… あっ…… な、何年前? へ? あ? あれ? なんで泣いてるんだ? 俺? あれ? おかしい、涙が、止まらない?

 中学? 中学生? へあ? 俺はその時何してた?

「高校の時だって…… 十人はギリ行ってないけど、それくらいに人と付き合って、ああ、もちろんその頃は相手は全員、男ね。その相手ともエッチもしてたの。冬至君は知らないだろうけど」

「……」

 十人? 俺の知らないところで?

 千春が男と付き合ってた? 俺の知らないところで?

 あれ? なんだ、力が入らない、震えが止まらない。

 なんだ、なんだこれ? おかしい、おかしい、おかしい、なんだ、これ、おかしいよおかしいよおかしいよ!!

「えっと、なんだっけ、あんたの友達の冬木だっけ? アイツとも付き合ったことあるし、まあ、二週間くらいで別れたけど。でも最後まではちゃんと行ってるのよね」

「冬木!? あ、あいつ、俺が千春を好きなの知っているはずで……」

 冬木が千春と? はっ? なんだよそれ、俺は何も聞いてない……

 聞いてないよ? 千春? ちは、る……?

「あいつ、それを私に自慢してたわよ。まあ、それが胸糞悪くて別れたんだけど」

「な、なんでそんな奴と!」

 俺がそう叫ぶと、千春は大きなため息をついた。

「私がそんな奴だからだよ。あのね、冬至君。私はフリーな時に告白されば誰とでも付き合うような女なの。それこそ中学の時からね」

「ちは…… る?」

「そう言う意味では、冬至君がもし私に告白していたら、簡単に付き合えていたのよ? わかる? それこそ、いつでもね?」

「は? へぇ?」

 俺が告白すれば、簡単に付き合えてた? 誰と? 俺が? 千春と?

 そんな、そんな簡単なことで千春が? あれ? 千春? 俺の千春はどこ?

「あ、あのー、ちょっと、それくらいにしてあげませんか? 冬至さん先ほどから凄い震えているようで、その、外でもドアが凄くガクガク言っておりまして……」

「おはぎの君!?」

「あっ、その、ごめんなさい、あまりにも気になって聞き耳を立ててしまって……」

 そんなやり取りも俺にはまるで聞こえてなかった。




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