【第十話】ハッ? 何を言ってるの!:春野千春.txt

 バイトを終えて部屋に帰ると、愛がやけに上機嫌だった。

「どうしたの? 機嫌よさそうじゃん」

「んー、隣人にあいさつしてきたんだよ」

 愛はやけにニヤニヤしながらそう答えた。

 あー、あのおはぎの美人とやらにか。

 それでか。

 愛はすぐ手を出すからなぁ。気を付けないと。

「どんな人なの? 美人なんでしょう?」

「んー、そうだね、面白そうだったよ」

 面白い? 美人で面白い人なの?

 それとも美人じゃなかったのかな?

「あれ? 美人じゃないの?」

「美人だったね。でも、服装は、なんていうか、田舎って感じ?」

 んー? なんかいい方に含みがあるよね? 怪しいな。

 これは、完全にからかってるな、愛の奴。

「あー、こっちに出て来たばかりの人? 新入生だったり?」

 とりあえず様子を見つつ、愛の出方を観察しないとね。

「そうじゃないかな? どっちとも仲良くなりたいね」

 ん? どっちとも? 二人いるってこと?

「どっち? 二人いるの? ああ、その人も同棲? それとも同居? そんな感じなの?」

「そんなことはどうでもいいじゃん」

 急に適当な返事をしやがって。何かをはぐらかしたな?

 何考えてるんだろう。まあ、からかって遊んでるだけなのかな?

「まあ、そうだけど……」

 確かにどうでもいいことで、他人の話とかどうでもいいし。

 相手がいるなら、愛も手を出さない…… いや、愛は相手がいても手を出すよね、しかも両方に手を出すから質が悪い。この性格破綻者め。

「ところで、千春って多人数でやるのどう?」

 多人数で? やる?

 なにを? いや、愛のことだからアレか。

「え? 多人数でって…… エッチなことを?」

「うんうん」

 嬉しそうに、うなずきやがって。

「嫌に決まってるじゃない。知らない人となんかと……」

「じゃあ、OKだ。千春の知ってる人だし」

 私の知ってる人?

 それを交えて三人でするってこと?

 その相手、男? 女? それがまず問題よね? 私は愛以外の女は嫌だなぁ。

 しかし、私の知り合いか、誰だろう?

 先輩の誰かなのか、とか?

「え? サークルの誰か? 嫌よ、嫌だからね?」

 サークルの人たちとそうなるくらいなら、まだ知らない人のほうが良いかも。

 その後、どういう顔してあったらいいかわからないし。

 普通の恋人としてならいいけど、複数人でなんて、ねえ?

「そっかー、残念がるだろうな、彼」

「彼? 男の人なの?」

 男かぁ、んー、誰かにもよるなぁ。

 それに、愛の希望を聞かないで浮気でもされたら嫌だし。

「そだよ。私は性別にこだわらないし」

「それは知ってるけど、男か……」

 男かぁ…… ええー、三人で何てしたことないよ。

 どんな感じなんだろう?

 やっぱり相手次第よね?

「あら? 乗る気? きっと彼、喜ぶよ」

「え? 喜ぶ? 私のこと好きな人なの? サークル内にるんだ?」

 誰だろう? それは気になるな。私を好きな人となると。

「嬉しそうだね」

「まあ、好意を向けられるのは悪い気しないでしょう?」

「それはそうだね。悪い気はしないよね?」

 あ、またニヤニヤして、これは何かを企んでるな。

 嫌な予感がする。これは断ったほうがよさそう?

「なにをそんなにニヤついて!」

「いや、うん、千春の言ってた彼、今隣に住んでるんだよ」

 その言葉を聞いて、血の気が引く気がした。

 何て言うか、親にエッチなおもちゃを見られた時のような。

 まさにあの時の感覚そのまま。

「ハッ? 何を言ってるの! 隣は美人が…… え? あいつ、美人と同棲してるの?」

 いや、待って、でも、隣は美人で隣が冬至君ってことはそう言うことだよね?

 あいつに妹とか姉とかいないし、親戚とかにもそんな美人はいないはずだし……

 というか、待って、待って、待って、あいつ、今隣に住んでるの? 美人と?

 なによ、やることやってるじゃない。

「あ、その反応は本当にどうでもいいって思ってる感じ?」

「うん、まあ、なんて言うか、驚きはしたけど?」

 そうか、よかったじゃん。冬至君にも相手が出来て。

「ついでに、おはぎの美人さんは隣の隣だった。隣が何て言ったっけ? 名前忘れちゃった。彼が住んでたよ」

 あー、そう言うことか。

 まあ、あいつがそんな甲斐性あれば、まずは私に来るはずだよね。

 これはうぬぼれじゃないよね?

 というか、隣に住んでんの? え? それ本当?

「はっ? 待って、あいつまさか私を追いかけて隣の部屋を借りたとかじゃないよね?」

 いやだよ、ストーカーとか。

「いやいや、流石に千春がここで同棲してるの知らなかったみたいだよ。でも、千春の声は聞こえてたみたいだけど」

 また血の気が引くのと同時に恥ずかしくて、顔が真っ赤になていくのを自分でも感じる。

 は、恥ずかしい、もう二度と冬至君とは顔あわさん!

「いや、あの…… やめてよ。小さいころからの知り合いなのよ? まあ、もう顔合わせるつもり…… って、まさか、冬至君を交えて三人でしようって話なの?」

 はぁ? 流石に愛のお願いでもそれは…… なんか嫌だなぁ。

 まあ、冬至君自体は嫌いではないんだけどさぁ……

 小さい頃から知っているわけでしょう? そんな相手と今の恋人と交えながらは流石に無理よ!

「最初からそうだよ」

「絶対ダメ! 愛でも絶対許さないからね、そんなこと!」

 うん、無理無理無理無理!

 絶対無理! なんか、なんていうか恥ずかしすぎる!

「でも千春さ、彼に告白されてた付き合ってたでしょう?」

「フリーの時なら…… そうかもしれないけど」

 まあ、基本断らないからね、私。

 だから、愛の時も迷いもせずに即OKしちゃったんだけど。

 流石に最初は女同士とは思ったけど、愛は中性的だし、美形だから。

 思っていたり全然平気だったし、今では大好きだし。

「ということは逆に大切なんじゃないの?」

 大切? 冬至君が?

 大切というか、子供の頃の思い出というか。そんな存在なのよね、私にとっての冬至君。

 高校を卒業して、全部故郷に置いてきた。みたいな?

 まあ、ある意味大切は大切かもしれない?

 私の思い出の中にはだいたいいる奴だし。

「うーん、冬至君が? んー、まあ、大切言えば大切だけど、青葉先輩っていたじゃない?」

「妊娠して大学辞めた?」

「うん、あの先輩が言ってたんだよね。結婚するならまじめでつまらない男のほうが良いって」

 そうそう、結局冬至君はまじめすぎて刺激がないのよ。

 もし付き合ったとして、大事にはしてくれるんだろうけど、それだけなのよ。

 つまらないのよ、根本的に。

 ときめきも何もないのよ、ただ歳を重ねていくだけなのよ。簡単に想像できちゃうよ。

 身を固めるっていう意味でなら、良い相手なんだろうけどもさ。

 それは、少なくとも今じゃないのよ。

「あー、あの人なら、そう言いそうだね。でも、自分は真逆の人と結婚したじゃん? あれ? 結局、色々あったけど結婚はしたんだよね? あの人」

「したよー、それで三か月後に、しみじみと泣きながらそう言ってたんだから。なんか説得力あるなぁって。まあ、冬至君はそう言う、まじめな人なのよ。結婚相手としてなら? 歳取った後でならだけど」

 そう。刺激もときめきも何もない。

 いてもいなくても全然かまわない空気みたいな人。

 正直、あいさつされるまで完全に存在を忘れてた。そんな人なのよね。

「それはわかるね。私は結婚相手には選ばないけど。でも性欲強そうだし、良い竿役になるよ? 一緒に彼を育てない?」

「だから、ヤメテよ」

 だいたい竿役って何よ……

 アイツも性欲強いのかな? 私は多分強いほうだとは思うんだけど。

 あー、やだやだ、こんなこと想像したくない。

「じゃあ、そっか。諦めるか。冬至君、残念がるかな」

 愛のその言葉が私からさらに血の気を引かせる。

「え? まさかそのこともう話したの?」

「もちろん。千春がOKだったらしようって誘ったよ。でも、千春が嫌なら良いよ。せめて声だけでも聴かせてあげようよ」

 な、なんてことを……

 え? うそ? 最近の声も聞かれてたってこと? というか、聞こえてるの?

 い、いや、え? えぇ……

 やっぱりもう冬至君とは二度と会わない。本当にどういう顔して会えばいいか、わかんないよ。

「本当に、ヤメテよ…… ちょ、ちょっと……」


 その晩の愛は普段よりも生き生きとして、ほんと嫌になる……

 必死で声を抑えたんだけど…… 愛、上手だから…… どうしても、ね?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る