【第五話】そんな奴が:冬至唯中.txt
その日の夕方、インターフォンがなり出ると、ものすごい美女が居た。
テレビの中でしか見たことないような、美しくしい女の人。
長い黒髪で、とても清楚な雰囲気を纏った女性だった。
「あの、隣に住んでいる秋葉という者ですが」
そう言われてドキっとする。
あの喘ぎ声の人? こんな人があんな激しい喘ぎ声を?
と、そう考えてしまう自分が嫌になる。
「ひ、左隣の部屋の?」
「左? えっと、そうですね。ああ、でも、そちらから見たら私は右の部屋です」
右の部屋、ということはこの人はあの喘ぎ声の人じゃない。
それを考えてしまっただけで、俺は顔を真っ赤にしてしまう。
なんてことを考えているんだよ、俺は。
「ああ…… え? で? えっと?」
でも、こんな美人な人が俺に何の用だろう?
「あの、もしよかったらなんですが、これ、作りすぎてしまって……」
そう言って透明な中身が見えるタッパを手渡してくる。
タッパを受け取るとき、手が触れてしまうが、彼女が気にしている様子はない。
俺もすぐに慌てて離れたけれども、柔らかく温かい手だった。
「あ、どうも……」
俺は顔をさらに赤く染めながら、お礼を何とか伝える。
「手作りなので、そういうのが苦手なら、えっと、捨てるのはもったいないので、お地蔵様のお供えにでもしてあげてください」
笑顔で、それこそ俺が今までの人生で一度も見たことのないような、そんなまさに天使か女神のような笑顔でそう伝えてきた。
俺はその笑顔につい見とれてしまう。
けど、
「お地蔵…… 様?」
その言葉のほうが俺は気になる。
この辺りで、少なくとも俺は見たことがない。
探せばあるのかもしれないが、とりあえず引っ越して来てからは見たことがない。
「はい、では」
そう言って、彼女、秋葉さんは笑顔のまま、綺麗なお辞儀をして去っていった。
「あ、ありがとう…… ございます……?」
彼女の去り際に俺は何とかそう伝えることができた。
秋葉さんの手作りのおはぎは想像以上に美味しかった。
三日ぶりに胃に入れた食べ物だったかもしれない。
どんな食べ物も喉を通らなかったのに、そのおはぎはすんなりと喉を通って胃に収まった。
その翌日、行きたくもなくなった大学へ行く。
こんなことになるなら、もっと良い大学へ行っておくべきだったと、既に後悔し始めている。
実際、一流と言える大学にも受かっていたし。親にものすごい反対されてこの大学を選んだというのに。
俺はいつも後悔してばかりだ。
何にも行動できない自分が悪いんだ。
それだけは理解できている。
そして、大学へ着いてしまうと自然と千春のことを探してしまう。
もう長年染みついた習性のようなものだけど……
未練がましい。
自分でもわかっている。
でも、気持ちの整理がまるでつかないのだから仕方がない。
自分でも、どうやったら区切りがついてくれるのか、どうやったら千春を諦めれるのか、それがわからない。
千春を諦める?
そんなこと本当にできるのか?
俺に?
今まので俺は千春のために生きてきたと言っても過言ではないのに。
そんな俺に千春を諦めることができるのか?
ここ数日でそのことを何度も、何度も考えて来た。
答えは出ない。
諦められる方法があれば、即座に飛びついて実行しているかもしれない。
なら、自殺すれば楽になれるのかもしれない。
そう考えたこともある。
それと同時に、失恋で自殺する何て馬鹿馬鹿しい、と思える自分もいる。
どれが自分の本心なのかすら、もう俺には判断がつかない。
お昼休みに、どれくらい大学内を歩き回っただろうか。
じっとしていると色々考えてしまうんだ。
何かしてないと気が変になりそうだったから、大学内を色々と歩き回っていただけだ。
別に千春のことを探していたわけではない。
いや、きっと無意識では探したかったんだと思う、まだ千春を見ていたかったんだと思う。
そして、視界の端に千春を捉える。捉えてしまう。
学食にいた。
学食の中でご飯を食べていた。
髪の短い女性と一緒だ。
仲がよさそうに話している。
あれ? あの髪の短い女の人、隣の部屋の奴じゃないか?
昨日も随分とはしたなく喘いでいた奴じゃないのか……?
そんな奴が千春の友人なのか?
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