2-09 催眠(前編)
寮に帰り夜更けとなった、湯あみもして後は眠るだけ状態だ。もうそろそろ王宮に向かう時間だ。出掛ける前に先生に声をかける。
「先生、行ってきますね。」
「ああ、よろしく頼むシャルには気を付けてな。」
シャルは要注意人物にされてしまった。確かに絡まれたら長くなりそうだ。
私は自室に戻って眠りに就く。
体が水のように溶ける感覚と同時に浮遊感を得て体から抜けだし、
見た目は全体的に半透明になった感じだ。今は眠りに入った時の服装なので、服をよそ行きの服に変化させて出発する。
街から王宮へ近づく。王宮の周りの『聖女の結界』は今日も淡く白く綺麗に輝いている。この結界は聖女様であるリーリの体調バロメーターだ。元気みたいで安心した。
結界を通り抜けて城に入り、王の寝室へと向かう。冷たく月明かりに照らされた廊下には誰もいない。寝室の前で声をかけてみた。
「こんばんは、マヤです。入っても宜しいですか?」
「ああ、大丈夫だよ、入っておいで。」
陛下の優しい声が聞こえた。私は「失礼します」と言いながら扉をすっと通り抜け部屋に入る。
彼は昨日と同じように、椅子に座っていた。
「昨日はありがとう、久々に長く眠れた。2週間もお願いしてしまってすまない。」
「いえ、よく眠れて安心しました。私は全然負担になっていません。だから気になさらないでください。」
安心してもらうためにも私はにっこりほほ笑んだ。私の体は今ぐっすりと眠っている。だから本当に気にしないで大丈夫なのだ。
「ありがとう、そういってもらえてうれしいよ。」
「では早速、かけましょうか?」
「ああ、よろしく頼む。」
陛下はベッドに入り布団をかける。
私も昨日と同じ位置について、目を瞑り集中する。ゆっくり瞼を開けると目の前が青くちかちかと煌めく。そして彼の目を見つめて語りかけた。
「おやすみなさい。」
すると、私の周囲の風景が歪んだ。
なに?これはもしや・・・?そう、この風景がコマ送りのように歪む感覚・・・。
「あれ?マヤ?」
目の前には驚く陛下が居た。周囲の風景は寝室ではなく、古代の遺跡のような所だった。空は曇っている。
「ごめんなさい!私・・・陛下の夢の中に入ってしまったみたいで・・・すぐ出て行きます。」
慌てて踵を返すと、右腕を掴まれた。
―――!
彼は困った顔をしながら申し訳なさそうに話した。
「マヤ、図々しいのは承知の上でお願いが有る、深い眠りに入るまで話し相手になってくれないか?ここは寂しくてね。」
「え!は、はい。私で宜しければ・・・。」
突然のお願いに呆気にとられてしまった。確かに一人だと気持ち的にも寂しくなってしまうロケーションだ。私達は遺跡の階段に腰掛けて話を始めた。
「魔術学院はどうだい?楽しく過ごせそうかな?」
「はい、ワクワクしています。講座も興味深いものが多くて、目移りしちゃいます。それに学食も美味しいので、もっと他のメニューにも挑戦したいです。」
実は、まだ受ける講義を決めきれていないのだ。体が足りない。
そして学食はすっかり気に入ってしまった。私は次に何を食べようかと想像すると、尻尾も気持ちに合わせてご機嫌に動いた。そんな姿を見た陛下はくすっと笑って嬉しそうに答えた。
「気に入って良かった。確かに、学食は僕も好きだったな。そうだ、歴史的な建造物もあるから学内を散歩するのもおすすめだよ。初代国王の屋敷があの学院に有ったんだよ。今では改築されて旧館になっているけれど。ステンドクラスも残っていて綺麗なんだ。」
この後も他愛もない話をしたが、好きな食べ物や魔術学院の不思議な話。
彼の太陽のように朗らかな人柄と優しい笑顔で話す姿を見ると、彼が悪夢から助かって良かったと心から思った。
陛下が急に改まって申し訳なさそうに話し出す。
「マヤ、僕が悪夢に捕らわれた時は助けてくれてありがとう。操られていたとは云え、君を傷つけてすまなかった。」
「いえ、そんな・・・あの、私を傷つけたって?」
嫌な予感がした。まさか、まさか・・・。
「ああ、リーリの部屋で会った時や、謁見の間で戦った時だね。」
「えっと・・・覚えていらっしゃるのですか?」
「ああ、
「・・・・・・。」
私は遠い目で空を見た。そして目が泳ぎ始める。王宮での一軒を走馬灯のように思い出していた。
リーリーの部屋では、ナイトメア対私で瘴気と生気の流しあいが有った。口移しで。
謁見の間では、私はナイトメアに首を斬られかけ、更に私は彼を拳と翼で殴って押し倒し生気をチャージした。口移しで。
私、事実上2度陛下にキスをしたのか・・・はっと彼の顔を見て、心の中で絶叫し頭を抱えた。挙動不審な私を彼が気遣ってくれる。
「どうしたんだい?具合でも悪い?」
「い、いえ大丈夫です。・・・」
私はゆっくりと手と体勢を戻す。
落ち着こう・・・私も大人だ。純潔の乙女ではない。
困った顔をした陛下は・・・そしてもう一撃。
「奈落に吸い込まれたときに、君からかけてもらった言葉は、絶望していた僕にとって嬉しかったよ。ありがとう。」
彼は優しく微笑む。やはりだめだ!恥ずかしい!!その清らかな笑みが私にはダメージを与える。
それも覚えてらした。そこでは恥ずかしい言動は取っていないと信じたいが・・・もう、ほぼほぼ覚えてらっしゃるじゃないですか・・・恥ずかしくて顔を見られない。体勢だけ戻して、指の隙間から彼を見た。
「いえ、そんな!!・・・陛下?あの・・・数々の御無礼申し訳ございませんでした。その殴ったり、生気をチャージしたり・・・。」
「無礼?そんなの無いよ。助けるためにしてくれたことじゃないか。だから、ね?・・・そんなに気にしないで。」
気にします・・・。
静に優しく微笑む彼は次第にうとうととし始めた。深い眠りに入りそうだ。
彼は遺跡の壁にもたれ掛った。
「ああ・・・どうやら眠くなってきたみたいだ。・・・マヤと話せて楽しかった。
「私も陛下とお話しできて楽しかったです。また明日。おやすみなさい。」
そして彼は小さな寝息を立てた。深い眠りに入ったみたいだ。私は深い眠りに入れないのでここで退場となる。
ぽん!と夢から抜け出て現実に戻った。
王の上をフワフワと浮いていた。帰ろうと振り返ると寝室の扉が静かに開いた。そこにはシャルが心配そうに中の様子を伺っていた。
まずい・・・見つかったかな?でも私とは目が合わない。
「マヤちゃん来てるの?」
彼は小声で虚空に向かい問いかけてた。私は彼の間合いに入らないように近づいてみた。やはり気付かない。見えていない様だ。聞こえないと思いつつも答えてみる。
「こんばんは・・・丁度、今帰る所です。」
やはり彼は聞こえない様だ。しかし・・・
「お疲れ様。気を付けて帰ってね。」
彼は笑顔で虚空に声を掛けてそっと出て行った。
・・・???聞こえていないよね?
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