⑮
16時発の最終バスに乗り、帰りは新幹線で自宅へ戻る。
帰り際、日野がくれたゆで卵は黄身が濃厚で美味しかった。まだ3つ残っている。1つは明日の弁当に入れよう。
「三ノ宮さんもお弁当いるかな?」
そう思うが作れるおかずはない。買い物をしてないので、自分の弁当に詰めるのも冷凍食品ばかりになる予定だ。
「明日は自分のだけにしよう」
そう考えてベッドに横になる。週末実家に帰ったはずなのにひとつも休まらなかった身体はすぐにベッドに深く沈んだ。
いつも通りに出勤し、いつも通りに仕事をする。
昼休みになる前、部長に呼ばれた。何か失敗でもしてしまったかと考えたが失敗はしてなかった。
「有給が残ってるんだよ」
「はあ」
話しの意図が分からず曖昧な返事をしてしまう。
「だからな、月末で退職になるから、あと2週間出社したら、残り2週間は有給扱いでもう来なくていいってこと」
分かる? という部長の視線に、なるほどと頷く。
「分かりました。あと2週間ですね」
「そう。後任も来週面接するし、だから何も気にするな。大丈夫だからな」
「ありがとうございます」
有給を取ってなかったせいで残された出勤日が短縮された。
三ノ宮さんと会えるのもあとひと月かと思っていたのにあと2週間しかないと思えば猛烈に寂しさが襲ってくる。
――あと2週間って、短いな……。
何回顔が見れるだろう。
何回話し掛けてもらえるだろう。
何回……
鼻の奥がつんと痛くなる。
すごくすごく彼が好きなのだと心が叫んでいる。
もう会うこともなくなるのだと思えば心が千切れそうになる。
休憩室でお弁当を広げても食欲がわかない。
「はあ」
何度目かのため息がお弁当に降りかかる。
その時、大好きな匂いが鼻を掠めた。
顔を上げれば三ノ宮さんが向かいに立っている。
「黒田? 食べないの?」
「いえ、食べます」
三ノ宮さんが声を掛けてくれたことが単純に嬉しくてテンションが上がる。
「あ、今日は卵焼きじゃないの? ゆで卵?」
「そうなんです。でもこのゆで卵とっても美味しいんですよ!」
「へぇ〜食べてみたいな」
「良かったらどうぞ!」
冷凍食品の真ん中にある半分に切ったゆで卵を三ノ宮さんがつまむ。ひとくちで全てが三ノ宮さんの口に入った。もぐもぐと咀嚼する三ノ宮さんの目が大きくなる。
「たしかに美味しいよ! でもさ、俺は黒田の卵焼きの方が好きだな」
にこりと笑う三ノ宮さんの言葉に心臓が大きく跳ねる。
好きだと言われて嬉しくないはずがない。三ノ宮さんのためなら毎日でも毎食でも卵焼き作ります! と思えるほどだ。
「じゃあまた卵焼き作りますね。あの、またお弁当作ってもいいですか?」
「作ってくれるの? ほんと! 楽しみだよ」
嬉しそうに微笑む姿を凝視する。
もう見れないかもしれないこんな笑顔。だからこそ、それを網膜に焼き付けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます