⑬
昼過ぎに「ちわ〜」とやって来たはこの村に唯一あるお店、日野商店の息子だった。
軽トラに商品を積んで各家を回っているのだとか。
「あれ? 黒田?」
「うん」
日野商店の息子は小中学校の同級生。卒業して十年になるが日野の顔は変わらない。かく言う私もそれほど昔と変わりはない。だから日野もすぐに分かったのだろう。
「帰って来てたのか?」
「うん」
「あー、ばあちゃん腰痛めたからか!」
「そうそう」
日野は軽トラの荷台から商品の入ったビニール袋を取ると、私に中身を見せた。
「おっちゃんから頼まれたのは、食パン2袋と鯖缶と鰯缶、あと豆腐な」
「ありがとう」
「他にいるものあるか?」
「……玉子ってある?」
「おう、あるある!」
日野は軽トラに向き合うと手を伸ばし、紙製の玉子パックから玉子を2つ取る。
「うちのじいちゃんが飼ってる鶏卵。今朝の産みたてなんだ。何個いる?」
太陽と同じく眩しく笑う日野の向こうで、田んぼの緑が揺れている。
「じゃあ3つ」
「おう」
「いくら?」
「玉子はサービス」
「でも」
「美味しかったらまた買って」
商売上手だなと思いながら日野の好意にお礼を言う。
「黒田またな……って、こっちにはいつまでいるんだ?」
「明日。でもまたこっち来るよ、おばあちゃん動けないから」
「でもおっちゃんいるじゃん?」
「お父さん何もしないから」
私が苦笑すると日野は眉を寄せた。
「何も出来ないと何もしないは大きく違うぞ?」
「ん?」
「おっちゃんはやれば出来る人じゃん」
日野の言いたいことを何となく理解して、ちょっと嬉しくなった。
「ありがとう。でも私が帰ってくればいい話しだしね」
「黒田はそれでいいの? 向こうでやりたいこと残してない? 休日のたびにこっち来るのか?」
「いや……」
もうこっちに引っ越すし。
「我慢すんなよ?」
「うん」
「ま、こっちで何かあったら俺に言え! なっ!」
「ありがとう」
こっちに帰って来ても頼れる相手がいると思えば心強い。
だがその一方で『向こうでやり残したこと』という言葉が、爪で引っ掻いたように胸に傷が残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます