昼過ぎに「ちわ〜」とやって来たはこの村に唯一あるお店、日野商店の息子だった。

 軽トラに商品を積んで各家を回っているのだとか。


「あれ? 黒田?」

「うん」


 日野商店の息子は小中学校の同級生。卒業して十年になるが日野の顔は変わらない。かく言う私もそれほど昔と変わりはない。だから日野もすぐに分かったのだろう。


「帰って来てたのか?」

「うん」

「あー、ばあちゃん腰痛めたからか!」

「そうそう」


 日野は軽トラの荷台から商品の入ったビニール袋を取ると、私に中身を見せた。


「おっちゃんから頼まれたのは、食パン2袋と鯖缶と鰯缶、あと豆腐な」

「ありがとう」

「他にいるものあるか?」

「……玉子ってある?」

「おう、あるある!」


 日野は軽トラに向き合うと手を伸ばし、紙製の玉子パックから玉子を2つ取る。


「うちのじいちゃんが飼ってる鶏卵。今朝の産みたてなんだ。何個いる?」


 太陽と同じく眩しく笑う日野の向こうで、田んぼの緑が揺れている。


「じゃあ3つ」

「おう」

「いくら?」

「玉子はサービス」

「でも」

「美味しかったらまた買って」


 商売上手だなと思いながら日野の好意にお礼を言う。


「黒田またな……って、こっちにはいつまでいるんだ?」

「明日。でもまたこっち来るよ、おばあちゃん動けないから」

「でもおっちゃんいるじゃん?」

「お父さん何もしないから」


 私が苦笑すると日野は眉を寄せた。


「何も出来ないと何もしないは大きく違うぞ?」

「ん?」

「おっちゃんはやれば出来る人じゃん」


 日野の言いたいことを何となく理解して、ちょっと嬉しくなった。


「ありがとう。でも私が帰ってくればいい話しだしね」

「黒田はそれでいいの? 向こうでやりたいこと残してない? 休日のたびにこっち来るのか?」

「いや……」


 もうこっちに引っ越すし。


「我慢すんなよ?」

「うん」

「ま、こっちで何かあったら俺に言え! なっ!」

「ありがとう」


 こっちに帰って来ても頼れる相手がいると思えば心強い。

 だがその一方で『向こうでやり残したこと』という言葉が、爪で引っ掻いたように胸に傷が残った。

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