⑫
金曜、仕事を終えて家に帰り、荷物をまとめてバスターミナルへ向かう。
23時発の夜行バスに乗り、朝の6時着で地元の大きな街で降りる。
田舎行きのバスは8時までない。それまでは喫茶店で時間を潰しながら朝食を摂ることにした。
モーニングセットはバタートーストとサラダにスープ。ヨーグルトとブレンドコーヒーが付いていた。
砂糖もミルクも入れない三ノ宮さんを真似してコーヒーはそのまま口を付けてみる。
「あち……。あ、でも美味しいかも」
苦くて飲めないとばかり思っていたが案外飲めそうだった。
「カフェオレ見たら絶対三ノ宮さんのこと思い出すし。キャラメルマキアート見たら三ノ宮さんのこと絶対思い出すし……。ってブレンドコーヒー見ても三ノ宮さんのこと考えちゃってるし。もう病気だなこれ……」
苦笑しながらゆっくりとモーニングセットをいただき、8時に田舎行きのバスに乗った。
1時間半バスに揺られ、バス停から20分歩いて実家に帰る。
「ただいま」
父は畑に出ているようで家にいない。祖母の部屋に行くと布団で眠る祖母が薄く目を開いた。
「あら……」
「ただいま、おばあちゃん。調子はどう?」
「うん、そうねえ……」
大丈夫ではないのに、大丈夫よ、と言おうとしているのを感じた私は「朝食は?」と尋ねる。
「10時過ぎにお父さん戻ってくるから、それから朝兼お昼ごはんよ」
壁掛け時計を見上げれば10時前。
そろそろ戻って来るだろう。
「そっか。じゃあちょっと片付け始めるね」
祖母の部屋からゴミ箱を持ち出して台所へ。
あらかたゴミをまとめ、流し台を見るとお皿が溜まっていた。1週間分とは言わないが、3日分は洗ってないかもしれない。
洗い物はあまり好きじゃない。
家事は全般的に苦手。料理だって……。
お弁当を作っているのだって節約のためなのだ。作っていると言っても冷凍食品を詰めたりするだけ。
「なんだ、お前帰ってたのか」
「お父さん。……ただいま」
「ああ」
汗を滴らせ、それをタオルで拭きながら父は冷蔵庫を開けた。しかし取り出した麦茶は空っぽだったのか、不機嫌に舌打ちして私の横にそれを置く。
「お茶」
「一緒に洗うから置いといて」
「作っとけ」
「はいはい。ご飯は? おばあちゃんは今からって言ってたけど」
「ああ」
父は食器棚から何かを出した。
「……なんで食器棚から食パン?」
父の手にあるのは6枚切の食パン。
「どこでもいいだろ。置くとこねえんだ」
ふ〜ん、と返す私の後ろで父は食パンを2枚トースターに入れる。
「玉子とかあるなら焼こうか?」
「いらん」
「バターだけ?」
「ああ」
あっそ、と思いながら冷蔵庫を開ける。
バターではなくマーガリンを出しながら冷蔵庫の中を見ればほとんど何も入ってなかった。
もちろん玉子もない。
「いるものあるなら買って来たのに……」
「あとであいつが来る」
「あいつって?」
「…………」
沈黙。
言いたくない訳ではないだろう。
それなら誰が来るか、その人の名前が浮かばないだけかもしれない。
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