次の日、定時で会社を出た私の背中に声が掛かる。振り返らなくても分かる、三ノ宮さんだ。


「何か不備がありましたか?」

「違う違う。ちょっと仕事がまだ残ってるんだけどさ……、そこのカフェに行かない?」


 行くとも返事しない内に三ノ宮さんは私を先導してカフェに入る。


「何飲む?」

「自分で買います」

「奢るから。お弁当のお礼」


 お弁当のお礼はカフェオレもらったんだけどな〜なんて考えながらメニューの『キャラメルマキアート』を指す。


 三ノ宮さんはキャラメルマキアートを2つ注文した。


「あの、三ノ宮さん」

「ん?」

「めっちゃ甘いですよ?」

「まじで? いや、飲んだことなくてさ、黒田が注文するなら同じの飲んでみようかな〜って。そっか、甘いのか……俺飲めるかな?」

「ふふ」


 可愛いなって思うのと、嬉しいなって思うのが重なってつい笑ってしまう。いけない、いつものポーカーフェイスが崩れてしまった。


「笑った?」

「笑ってないです」

「笑った方が可愛いよ」


 特別な意味なんてないのだろう。誰にでも優しい三ノ宮さんはそうやって気遣った言葉を発してくれるのだ。


 出来上がったキャラメルマキアートを持って席に座ると、三ノ宮さんは見覚えのある白い包みを出した。


「お弁当美味しかった。ありがとう。弁当箱返すのに部署内じゃみんなの視線あるし、黒田注目されるの嫌いみたいだし……。いつ返そうかって窺ってたんだけどね、今になってしまいました……」

「気遣わせてしまったみたいで……すみません」

「黒田が謝る必要なんてないよ! そもそも俺が弁当食べたいとか注文したんだし。あっ、ねえお礼何がいいか考えてくれた?」


 それに対して私はテーブルの上に置いたカップを持ち上げる。


「これでは?」

「いや、それは弁当箱返すための口実みたいなもんだから……」


 三ノ宮さんがキャラメルマキアートに口を付ける。


「あっま!」

「ふふ」

「めっちゃ甘いね……」

「だってキャラメルですよ」

「そっか。そうだよね、勉強になった。黒田と一緒にカフェに来なかったら一生飲まなかったかも」

「大袈裟じゃないですか?」

「いやいや」

「いつもは何を注文するんです?」

「だいたいドリップコーヒーかな。って言っても一人じゃ来ないけどさ」


 誰と来るんですか――なんて質問は野暮か。彼女と来てたんだろうな。


「どっか行きたいとことかないの?」

「行きたいとこ……?」

「見たい映画は?」

「映画……?」

「欲しいものとか?」

「ないですね」


 と言いつつ、欲しいものくらいある。だけど言えるわけない。三ノ宮さんが欲しいなんて。


 望めるわけない。


 だからこの時間がお礼でいい。

 二人でカフェなんて、とっても素敵な思い出だ。

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