お昼休み、いつもの場所でお弁当をつつく。今日は冷凍食品が入ってない。三ノ宮さんに渡したお弁当の中身と一緒。


 もう食べたかな?

 いやまだ食べてないか。

 美味しいと思ってもらえるかな?

 口に合えばいいけど。

 美味しくなかったらどうしよう。


「はあ」


 冷めても美味しい唐揚げというレシピを見て作った唐揚げはぼちぼち。冷凍食品の唐揚げの方がやっぱり美味しいかも。


 お弁当渡すんじゃなかったかな。

 作って欲しいという言葉を鵜呑みにしてバカみたい。


「はあ」


 何度となくため息を吐きながら食べたお弁当は全然美味しくなかった。



 午後の業務もため息ばかり。

 デスクの端っこにはカフェオレを置いている。なんだか勿体なくて飲めない。万が一飲んだとしても空き缶は永久保存しよう。


 そろそろ16時か、なんて壁掛け時計を見ていると、同僚から呼ばれる。


「黒田さん、外線。三ノ宮さんから」

「はい」


 どうしたんだろう。また何か書類が足りなかったのだろうか。そう考えながら電話に出る。


「もしもし、お疲れ様です」

『お疲れ。今忙しい?』

「いえ、そんなには……」


 どっちかというと午後の業務が一段落したところだ。


『お弁当さ、今食べてるんだ』

「え?」

『卵焼き2つも入ってる』

「ああ。お弁当箱が大きかったので」

『唐揚げさ、冷たいのに美味しいね』

「美味しいですか?」

『うん。固くないし、パサパサしてないし、味もしっかりしてるし……。でも揚げたてが食べたいな』

「じゃあまた居酒屋に行きます?」

『違うよ』


 間違った。何で私なんかが三ノ宮さんをお誘いしているんだ。


「あ……。私と一緒にって意味じゃないですよ」

『なんで?』

「三ノ宮さんお友達多いし……。一緒に飲みに行く人たくさんいらっしゃいますもんね」


 電話の向こうで、もぐもぐと音がする。

 今何を食べてるんですか?

 

『あのさ、この唐揚げが食べたいんだよ。黒田が作った揚げたてのこの唐揚げ』

「は?」


 ……な、なんで、何でこの唐揚げ?

 冷凍食品の唐揚げの方が断然美味しいし、居酒屋の唐揚げなんて神ですけど!?


 私が作った唐揚げを所望される理由が分からないのですが?


『黒田?』

「はい」

『ありがとうお弁当。ご馳走さまでした』

「お粗末様です」

『洗って返すね弁当箱』

「いえ、そのままでいいですよ」


 むしろそのままでいい、とか考える自分に気付いて、ちょっと気持ち悪い女だ、と自覚する。


『ちゃんと洗って返すから。じゃあもう一件予定があるから電話切るね』

「はい」


 プツ、と通話が終わる。ツーツーツーと鳴る受話器を元に戻してトイレに駆け込んだ。


 ――なんだよ、なんだよ、なんだよ。勘違いするでしょ、あんなこと――揚げたての唐揚げが食べたいとか言われたら。でも、ない。絶対ない。私はあとひと月もしたらいなくなるんだから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る