第39話 決勝戦⑤「最終決戦」
(やはり、最後に立ち塞がるのはこいつか……)
紗音のギルスとジャバウォックは強かったが、アルビオンはその二キャラの比ではなかった。事実、春雪はアルビオンに一度完封負けしている。
それに春雪には一つ不安要素があった。それは彁の力のタイムリミットが迫っていることだ。
(正確な制限時間は分からないが、フルセットまで長引いたせいで時間は五分も残っていないはずだ。最後のセットが長期戦になれば、試合中に時間切れになる……)
律との試合でも彁の力を使用しており、時間切れになっても再使用はできない。
(厳しい状況だね……)
(厳しいがやるしかない。泣いても笑ってもこれが最後の戦いだ)
最終セットは開幕からギルスとアルビオンが殴り合う。
春雪は相手の動きを予測し、後手で最適な手段を取る戦い方を得意としているが、様子見をせず攻めの姿勢であった。
(長期戦はなしだ。多少強引でも攻めにいく)
時間制限のある春雪に「待ち」は選択肢になく、短期決戦で勝負をつけるのが狙いだ。
「そんな温い攻めで僕が退くとでも?」
紗音も春雪に合わせて退かずに戦うつもりであった。
『新旧最強対決も最終局面。自分こそが最強だと言わんばかりのぶつかり合いですね』
ほぼノーガードの打ち合いが続くも、ギルスもアルビオンも致命的な技は避けていた。
互いに技が直撃し、じわじわと体力が削れていく。
高度なテクニックやコンボは使わず、ただ殴り合うだけ。
技巧派プレイヤー同士の戦いとは思えない試合であった。
(スマートさに欠ける泥臭い試合でアルフィスらしくない。まさかーー)
一見すると互角の戦いだが、葵はこの状況の違和感に気づく。その直後、拮抗していた試合が紗音の優位に傾き始める。
「計算通りの試合展開だね。おかげでアルビオンを十分強化できた」
強化状態のアルビオンの性能は全キャラでもトップクラスだが、無理に強化を狙おうとすれば、立ち回りが崩れて強みを発揮する間もなく敗北するリスクがある。
紗音の狙いは食らってもいい小技を受けながら、隙を晒さずにアルビオンを強化することであった。
攻撃力やスピードの上がったアルビオンがギルスに有効打を重ねていく。ギルスも反撃をするが、攻撃はアルビオンに当たらなかった。
(……マズいな。決めきれなかったせいで流れを取られた)
短期決戦で勝負を決める作戦は瓦解し、春雪は守勢に回らされていた。このままでは速攻どころか、自分の方がやられかねない。
コンボ始動技を辛うじて避けて、ダメージを単発に留めているが、強化されたアルビオンの攻撃は単発でも十分な威力であった。
(技を使えば使うほど相手の体力も減っているが、押されてるのはこっちの方だ)
「随分と粘ってるけどさ、守ってばかりじゃ僕には勝てないよ」
(攻めようにも相手に隙がない。だが、どこかで勝負に出なければ……)
時間が迫っているが、紗音の盤石な立ち回りを崩す隙はなく、攻めのタイミングがなかった。
春雪にできることはガードや回避で相手の技を凌ぐことだけであった。
『ギルスがアルビオンの技に固められていますね。このまま抜け出せないと厳しいですが……』
突破口を見つけ出せないままギルスの劣勢が続く。
アルビオンが大剣を振り上げると、ギルスがバックステップでかわす。
(よし。ここで反撃だ)
攻撃を外して無防備なアルビオンーーこの試合で紗音が初めて見せた明確な隙であった。
だが、この隙は紗音が仕掛けた罠であった。
ギルスの槍が当たる前にアルビオンの周りに青いバリアが展開され、槍が防壁に触れると、衝撃波がギルスを吹き飛ばした。
アルビオンが持つカウンター技『リフレクション』だ。
(……勝負を焦り過ぎた。あんな見え透いた罠に引っかかるなんて)
アルビオンも自傷ダメージで体力が半分を切っているが、ギルスの方がダメージは大きく、残り体力は三割ほどであった。
(時間を使って立て直したいところだが、悠長に構えている時間はない)
流れは悪いが、ギルスはアルビオンに突撃する。紗音はギルスの特攻に付き合うつもりはなく、戦術を遠距離戦に切り替えていた。
アルビオンの手の平からエネルギ-弾が連射され、ギルスは相手に近づけなかった。
「何を焦っているのか分からないけど強引な攻め方だね」
(近づけない……)
アルビオンの飛び道具の回転率はジャバウォックほどではなく、時間を使って慎重に立ち回れば、敵の懐に入るのは不可能ではない。だが、時間を使った戦い方は今の春雪にはできなかった。
被弾覚悟で無理矢理近づこうにも、ギルスの体力は少なく、エネルギ-弾かアルビオン本体の攻撃にやられる可能性が高い。
アルビオンに近づくことは諦め、ギルスはガードを固めるしかなかった。
(ジャストガードを使えばガードを張りながらでも接近できるが、俺は紗音のような精度の高いガードはできない……)
紗音が以前見せたジャストガードを連発して敵に近づく方法は、春雪にはできなそうにない。
エネルギ-弾でKOされないように直撃を防ぐので、春雪は精一杯であった。
「……思ったよりもしぶといな」
ギルスのガードが固く飛び道具だけでは自傷ダメージが嵩むと紗音は判断し、アルビオンをギルスに接近させる。
(相手の方から近づいてくれた。勝負を決めるとしたらこのタイミングだ)
ダッシュで急接近するアルビオンをギルスの槍が迎撃する。迎撃は紗音に読まれており、アルビオンが右方向に飛び退く。
(そう簡単には当たらないよな。だが、逃がしはしない)
アルビオンをギルスが追いかけ、ダッシュから刺突を繰り出す。この一撃はガードされたが、まだギルスの得意な間合いであった。
槍の長いリーチを活かした攻撃をアルビオンの大剣が的確に捌く。勝負は試合序盤のような打ち合いに再び戻りつつあった。
(くそっ……もう時間が……)
判断速度や反射神経が鈍くなったのを春雪は感じ始める。彁の力が効力を失ったのだ。
運良くコンボにはならない技だったが、目に見えてギルスに被弾が増え始めていた。彁の能力が切れた影響が早くも現れたのだ。
紗音は春雪のギルスの動きが鈍くなったことに気づき、戸惑いを覚える。今まで戦ってきた全盛期の春雪の反応速度を想定していたため、紗音からすればまるで別人と戦っているようであった。
「……なっ」
紗音が見せた僅かな動揺は、隙と呼ぶにはあまりにも小さな綻びであった。だが、彼が見せた一瞬の動揺が試合の明暗を分けた。
アルビオンはギルスが弱攻撃を回避し接近すると見越して、大剣を横薙ぎに振るう。
弱攻撃は紗音の想定通りに回避されたが、春雪の反応が鈍くなったせいで、大剣がギルスに当たる寸前で空を切った。紗音は春雪に読み勝っており、彼の反応速度が全盛期のままならば、この一撃で決まっていた。
攻撃を空振りした隙にギルスの槍がアルビオンを貫く。これが勝負を決める最後の一撃となった。
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