第30話 作戦会議
リボルトは準々決勝まで終了したが、暃の事件もあり、三日間の延期となった。春雪は自宅で準決勝の対戦相手――光月律(りっちゃん)の試合を研究していた。
「マスター、ずっと眼鏡女の試合見てるね~」
「次の相手だからな」
「攻略法見つかったの?」
「弱点を探してるところだ」
春雪は読み合いに自信があるが、近距離戦では律に勝てる気がしなかった。
モーションキャンセルも合わせると、アザレアの攻撃は選択肢が多過ぎるのだ。
「優勝に手が届きそうなんだから、頑張りなよマスター」
「お前はさっきからモニターで何を見ているんだ?」
彁は香子から届いたメールを読んでいた。
「昨日の夜、葵ちゃんと一緒に博士と対戦したんだけど、色々アドバイスを貰ったんだ~」
(……俺は仲間外れかよ)
「ねぇねぇ、見てよこれ!」
彁はメールの内容を春雪に見せる。
彁ちゃんのここがすごい!
・相手の動きをしっかりと見ているね。待ちが強いギルスの強みをしっかり引き出せてる。立ち回りは春雪の影響っぽいね。
・基礎コンボの精度が安定しているね。素晴らしい! 百点!
彁ちゃんのここが駄目!
・様子見が多かったかも。様子見で有利状況を見逃すのは勿体ないよ! 添付動画①の一分十秒、二分三十秒辺りとか様子見せずに攻めた方がいい場面だよ。
・通れば強力な技だけど、カウンター狙いが露骨だからほどほどにしよう。
・攻撃のパターンが少ないから、攻め方の引き出しを増やしてみよう! ギルスのコンボや強い動きの動画をいくつか送ったから参考にしてみてね。
(……普通に金取れるレベルの指導だな)
彁のレベルに合わせて、具体的な改善案がメールには記載されていた。動画のコンボに関するコマンドやコツまで丁寧に書いてある。
(香子にりっちゃん対策を聞いてみるか)
難敵を攻略するために、春雪は自分よりキャラ知識が豊富な香子に知恵を借りることにした。香子は律と対戦経験もあるため、春雪では気付かない弱点を知っている可能性もある。
春雪は香子に早速電話する。
「どうしたの春雪?」
「香子、彁が世話になったな」
「彁ちゃんの指導なら私も楽しんでるから気にしないでいいよー。用件はお礼だけじゃないんでしょ?」
「単刀直入に聞くが、俺がりっちゃんに勝つにはどうすればいい?」
「……難しい質問だねぇ。あの子、めちゃくちゃ強いからなぁ」
律は国内三強に迫るレベルのプレイヤーで、春雪が倒した香子や葵、ミカドにも全勝している。
「そのめちゃくちゃ強いりっちゃんを倒したいんだ」
「試合中に相手が腱鞘炎になるのを祈ってみたら?」
アザレアは操作が非常に忙しいキャラで、ガチ勢ほど腱鞘炎になるプレイヤーが多い。香子もアザレアを練習中に腱鞘炎になった苦い経験がある。
「さっきのは冗談だけど、本気で勝ちに行くのなら、近距離戦で読み合いはしちゃ駄目だねー」
「相手の攻撃パターンが多過ぎるからか?」
「それもあるけど、まともに読み合いしようとしたら、読みの速さでりっちゃんに勝てないよ」
「俺が普段より読みや操作のスピードを速くすればーー」
「それだけだと百パーセント負ける」香子はバッサリと断言する。「りっちゃんの操作スピードが異常な理由は何だと思う?」
「反射神経が凄いくらいしか思いつかないな」
「りっちゃんの反応速度はプロでもトップクラスだけど、私はそれだけじゃないと思ってる」
「他に何かあるのか?」
「私の推測だけど――りっちゃんは『相手の動きを考えて操作していない』んだよ。普通のプレイヤーなら考える場面でも、あの子は直感的に最適解を選んで操作してる。天性のセンスってやつだね」
攻撃にしろ防御にしろ大半のプレイヤーは、相手の動きを見てからこうやって動くと決める。
だが、律はその過程をほとんど省略しているのではないかと、香子は推察していた。
「香子がそう推測するってことは根拠があるんだな」
「相手の動きを考えながらだと、あんなハイスピードな操作はまずできない。相手がどうやって動くか思考する時点で、どんなプレイヤーでも操作がワンテンポ遅れる。だけど、りっちゃんには操作の遅れが全くない」
(モーションキャンセルのコマンド受付時間も考慮すると、考えながらだと確かに操作が間に合わないな……)
「なるほどな。納得したよ」
「幸いにもギルスはアザレアよりリーチの長い技が揃っている。近距離戦は徹底的に避けて、アザレアの攻撃が届かない位置でチクチク攻める。これが一番勝率が高いんじゃないかな」
「無難な方法だが、近距離戦の完全拒否は現実的には難しいだろうな……」
香子の提案した対策は決して間違っていないが、春雪はそれを完璧に実行できる自信がなかった。
近距離戦をあっさりと拒否できる相手ならば、律は国内四位にランクインしていない。
(ギルスにはジャバウォックやゴードンのような飛び道具がない。距離を取ろうとしても、試合のどこかで確実に近距離戦が発生するだろうな)
律が得意としている近距離戦で彼女を上回る。これが試合に勝利する必須条件であると春雪は感じていた。
「さっきの対策を完璧に実践するのは現実的に厳しい。俺がりっちゃんを倒すには、インファイトで彼女のアザレアを倒す必要がある」
「全部は無理でも近距離戦の要所で春雪が読み勝てれば、勝率は上がるだろうけど……」
香子は全盛期の春雪の強さを知っているが、律相手に近距離戦は分が悪い。
「私としてはインファイトはおすすめしないかなぁ」香子は春雪が律に接近戦を挑むことを肯定していなかった。「まあ、試合するのは春雪だし、最終的にどんな作戦でいくのかは君が決めなよ」
「そうだな。香子、アドバイス参考になったよ」
春雪は香子との通話を終える。
「マスター、博士から眼鏡女の弱点とか教えてもらった?」
春雪は香子と話した内容を彁と葵に伝える。
「近距離戦を挑むというのは悪くないかも。待ち寄りの対策だと、りっちゃんに崩される可能性が高いんじゃないかな。私もりっちゃんに勝ったこと一度もないし……」
葵は自分と律の試合について話し始める。
ロキが得意としている逃げの立ち回りを、アザレアのスピードと怒濤の攻めで無理矢理突破されたと彼女は語る。
ギルスよりリーチが長く、スピードの速いロキですらアザレアから逃げ切れなかったのだ。
(……ギルスより待ち性能の高いロキでも逃げ続けるのは無理か)
「香子さんの対策を取り入れつつ、不意打ち気味に近距離戦を挑むとかどうかなぁ……」
「マスター、それでいこうよ! 不意を突ければ、眼鏡女に一泡吹かせられるかも!」
(上手くいけば一本は取れるかもしれない。だが、残りのセットは間違いなく警戒されるな。どうしたものか)
その後も作戦会議は続いたが、纏まらないまま終わった。
(考えてもまとまらないな。気分転換も兼ねて練習するか)
春雪はオンラインで高レートのアザレア使いを募集し、オンラインの猛者達と連戦する。彼は準決勝までにできることを徹底的にやるつもりであった。
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