第29話 アルフィスVSaz

 準々決勝第四試合――アルフィス対az。

 アルフィスは大会参加前の宣言通り、これまでの試合を全勝していた。

 この試合も観衆の下馬評通り、アルフィスが一セット目を圧勝し、二セット目も彼が試合の主導権を握っている。

 アルフィスの機械竜(ジャバウォック)が、azの操る黒い軍服の老兵――ゴードン軍曹をじわじわと追い詰めていく。

 老兵がアサルトライフルを発砲するが、ジャバウォックが口から吐き出した熱線が銃弾を相殺する。

 両者は多彩な飛び道具を持ち、遠距離戦を得意としているキャラだ。

 二人の飛び道具の撃ち合いは互角ではなく、ゴードンの方が明らかに多く被弾していた。


(折れない意思は認めてあげるけど、全く負ける気がしない)

 

 紗音は哲也の戦術や癖を把握しており、相手がどんな手を使っても即座に対応していた。

 紗音の対応力は尋常ではなく、初見では通用していた動きも二度目はまず通用しないのだ。


(手詰まりになった相手の末路は二つ。僕の裏をかこうとし過ぎて奇策にすらならない動きをするか、何もできずに動けなくなるかだ。彼はどっちかな)


 ゴードンが右側にダッシュし、ジャバウォックの胸部から放たれたミサイルを回避しようとする。相手の回避ルートを紗音は予測しており、偏差射撃で移動先へミサイルが直進した。

 ミサイルの直撃で体力ゲージが二割になると、ゴードンがしゃがみ前方に柱が生成される。


(この技は……) 


 ゴードンには柱を設置する固有技がある。この柱は耐久値が設定されており、一定のダメージを与えれば壊れるが、最低一回は相手のどんな攻撃も防ぐことができるのだ。

 柱に隠れた老兵は、手榴弾をジャバウォックに投擲する。

 ジャバウォックは手榴弾を右にステップしてかわすと、ミサイルで柱を破壊する。

 隠れ場所にしていた柱を破壊されると、ゴードンは後退して再び柱を生成する。 

 ジャバウォックが火炎放射で柱を壊すと、相手は逃げながら再び柱を作る。逃げては柱に隠れながら攻撃する。先ほどからこの展開の繰り返しだ。


(……厄介な手を使ってきたね)


 これまで淡々と操作をしていた紗音も、相手の消極的な戦い方に眉を顰(ひそ)めていた。

 柱生成を利用したガン逃げ戦術は、かつて様々な大会で猛威を振るった。キャラによっては詰みかねないほど崩すのが難しい動きで、ゴードンの大きな強みだ。しかし、逃げに特化し過ぎた戦い方なので観衆からは嫌われる戦法でもあった。

 哲也はかつてこの戦法を頻繁に使っていたが、観客からの罵声に耐えかねてある時から使わなくなった。彼は格上の紗音に勝つために、封印していた戦法を使ったのだ。


「負け確定なのに遅延してるんじゃねえよ!」

「逃げ過ぎだろ!」


 試合が膠着したまま三分ほど経過すると、会場では逃げ回る戦い方にブーイングが起き始めていた。


(相手の狙いは明白だ。タイムアップからの判定勝ち、もしくはサドンデス)


 滅多に起こらないことだが、十分以内に決着が着かず両者の体力が同じ場合、サドンデスで決着をつける。

 サドンデスは互いに体力が一の状態で始まるため、先に技を当てた方が勝つルールだ。このルールならば、どんな強者でも敗北する可能性がある。


(……僕に勝ちたいという強い意思を感じる。そのがむしゃらさをもっと早くに見せて欲しかったな)


 飛び道具の撃ち合いをしようにも、柱がジャバウォックの攻撃を防ぐ。

 ジャバウォックは得意のはずの遠距離戦で、ゴードンに押され始めていた。

 

(時間切れまで逃げるつもりだろうけど、思い通りにはさせないよ)


 ジャバウォックが手榴弾や銃弾の雨に自ら突撃する。

 無謀な突撃に見えるが、ジャバウォックは飛び道具を何度もジャストガードしながら柱に隠れている敵へ接近する。

 ガードの耐久値は攻撃を受けたり、ガード中の時間経過で減少し、耐久値が限界を超えると一定時間操作不能な怯み状態になってしまう。

 だが、ジャストガードにはガード後の硬直がなくなる以外に、ガードの耐久値が減らないという利点もあった。


(相手の動きは読めている。後は追い詰めて狩るだけだ)


 本来ならばガードが保たない強引な攻め方であっても、連続ジャストガードが不可能な突撃を可能にしていた。

 ゴードンは柱を立てながら逃げ回るが、逃げ場がなくなっていき徐々に追い詰められていた。


(無駄だよ。全部読めてるから)

 

 ゴードンがどれだけ攻めのタイミングを変えても、ジャバウォックは完璧に予測し、ジャストガードを連続で成功させていた。

 人間離れした反射神経、相手の動きを的確に読む対応力を持つ紗音だからこそできる芸当だ。

 

(想像よりは楽しめたけど、これで決まりだね)


 ジャバウォックはゴードンをとうとうステージ隅にまで追い詰める。

 逃げ場を失った相手をジャバウォックがタコ殴りにして、二セット目が終了した。

 紗音は一本も落とさず、哲也にストレートで勝ちきったのだ。 

 

 

 選手用の入場通路で先に試合を終えた律が紗音を待っていた。


「蛇崩君、久々に楽しそうに試合していましたね」


 律は紗音が哲也との勝負を楽しんでいたのに気づいていた。


「僕が試合を楽しんでいただって? 普段通り試合して、普通に勝っただけだよ」 


「はぁ……ほんと素直じゃないですね蛇崩君は」律は溜息を吐く。「本気で自分を倒そうとした相手と戦えて、嬉しかったんじゃないですか」


 国内最強の紗音が「対等なライバル」や「熱くなれる戦い」をずっと渇望していることを、律は長い付き合いで知っていた。


「azさんが観衆に嫌われてでも僕に勝とうとした執念は認めるよ。元国内三位なだけはあった」


「ひねくれ者の蛇崩君が対戦相手を評価するのは珍しいですね」


「僕だって人を誉める時は素直に誉めるからな猪女」


 紗音が口に出した猪女は、律の猪突猛進なプレイスタイルにちなんだ蔑称であった。


「誰が猪女ですかっ!」

「猪みたいな雑プレイしている律以外に猪女なんていないだろ」

「……蛇崩君は私より年下なのにいつも呼び捨てですよね。一応、私の方がお姉さんなんですけど」

「律がお姉さんねぇ」

「あっ! 今、鼻で笑いましたね!? 私だって怒る時は怒りますよ!」


 口には出していないが、頬を膨らませて怒る律を「ガキみたい」だと紗音は思っていた。


「そういえば――律の望み通り戦いたい相手が勝ち上がってくれてよかったね」

「律さん」


 律は紗音にさん付けで呼ぶように促す。


「律」


「はぁ……もういいです」


 律は呆れて溜息を吐く。


「準決勝で最強神さんをどうやって叩きのめすか楽しみにしているよ」


「蛇崩君は過小評価していますが、最強神さんは強いですよ。私も気を引き締めないと」


「気合い入れるのはいいけどさ、憧れの相手を公開処刑しても知らないよ」

 


「哲也、モニターで試合見てたよ」


 春雪は控え室に戻ろうとする哲也に声をかける。


「見ていてくれたんだね。残念ながら、今回は春雪氏とも香子氏とも当たりそびれたね」


「俺と哲也の対決は次の機会だな」


「そうだね」


「哲也、アルフィス相手によく食らいついていたな」


「……どんな手を使ってでも勝つつもりだったけど、残念ながらアルフィスには歯が立たなかったよ」


「今大会でアルフィス相手にあそこまで粘れたのはお前だけだ」


「粘るだけじゃなくて勝ちたかったけどね。結局、アルフィスの本気を引き出せなかったし」


 紗音は他キャラ使いだが、メインにしているキャラが二体いる。一体はジャバウォックで、大会でも頻繁に使用している。

 二体目のメインキャラ――アルビオンは大会シーンでは滅多に使わない。紗音がアルビオンを出すのは、格上か同格の相手と戦う時だけだ。


「あいつの本気っていうとアルビオンか」


 哲也は無言で頷く。


「アルフィスを倒して俺が哲也の仇を討ってやるよ」


「旧国内三強で残ってるのも春雪氏だけだし、俺や香子氏の分も頑張って欲しいな」


「任せろ。ここまで来たら優勝するつもりだ」


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