第28話 二回戦②「二人の意地」

『最強神選手がまず一勝。序盤は攻められっぱなしでしたが、勝機は逃しませんでしたね』


「……オワコンの最強神がミカドに勝っちまった」


「もしかして優勝あるんじゃないか……」


 観客は想定していなかった試合展開にざわつく。

 最強神はチート疑惑やこれまでの不甲斐ない戦績で不人気だったが、観客の評価が変わりつつあった。

 

「格下相手に何をやっているんだか……」


 紗音は帝の敗北に溜息を吐く。


「さっきの試合の敗因――分かるよね?」


 紗音は帝に淡々と問いかける。


「あんなのマグレで、ラッキーパンチがたまたま決まっただけだ!」

「予想外の反撃を受けたからって下がり過ぎ。負けそうになるといつも逃げ出すし、心が弱いんだよ君は」


 紗音は「心の弱さ」という帝の弱点を見透かしていた。


「黙れ!」


「このままだと百回戦っても、君は最強神さんに百回負けるよ」


「何だとっ! 好き勝手言いやがって! 俺様が負けるわけねぇだろ!」


「準決勝でりっちゃんと当たるのは君じゃなくて、最強神さんになりそうだね」


 紗音の言葉にミカドは歯軋りする。


「……あんな偶然は二度とない。今度こそ捻り潰してやる!」


(相手は大分イラついてるね。今こそ屈伸煽りの出番だよ!)


(やらねぇから)


 キャラもステージも先ほどと同じで、ニセット目の試合が始まる。


『ヴェルグが強気に仕掛けるがギルスの防御は固い。ギルスは防御性能が高いキャラなので、待たれると崩すのは難しいですねぇ』


 攻撃をガードで凌いでいると、ヴェルグはガードを固めているギルスを掴もうとする。

 ガードを崩すための投げをバックステップで回避し、ギルスはリーチの差を活かして槍で反撃する。

 ギルスはヒット&アウェイでヴェルグを完全に翻弄していた。


(葵ちゃんのロキみたいな立ち回りだね!)


(相手は冷静さを失ってる。春雪さん、タイミングを見てもう一度カウンターを食らわせましょう)


 ミカドは頭に血が昇っているのか、強引な攻め方が増えてきた。このまま相手の動きが雑になれば、再びカウンターの餌食にできる。

 試合の主導権を握っている春雪は、葵の助言通り、カウンターを叩き込む機会を探っていた。 


(今だ!)


 ギルスはヴェルグの必殺技にカウンターを合わせ、渾身の一撃を食らわせる。カウンターで大ダメージを受けたヴェルグが後退し始めた。

 一セット目と全く同じ展開であった。


「雑魚は俺じゃなくてお前だったようだな」


 後ろに逃げるヴェルグの動きが途中で止まる。

 

「……勝った気になってんじゃねえぞ」


 ヴェルグが剣を縦に振るうと、剣先から衝撃波が飛ぶ。ヴェルグの必殺技で唯一の飛び道具でもある『断空閃(だんくうせん)』だ。

 ギルスは衝撃波をガードするが、その隙にヴェルグ懐に入っていた。

 密着状態でヴェルグの攻撃を完全に防ぐのは、ギルスの防御性能でも難しく、ギルスの身体が宙に浮く。


(この位置はヤバい!)

 

 ヴェルグのコンボが始動すると、春雪は連撃から抜け出すために、懸命にスティックを左右に倒す。

 左、右とギルスの位置をずらしてコンボミスを誘うが、ヴェルグはずらしに対応していた。


「勝つのはてめぇじゃねえ! 俺様だ!」



(こいつ……!?)


 今の帝にはこれまでなかった『絶対に勝つ』という気迫があった。

 夢を諦めた天才は格下の春雪に追い詰められ、皮肉なことに失っていた勝利の執念を取り戻したのだ。

 ヴェルグの連続攻撃でダウンすらできず、ギルスの体力はあっという間に削られていく。


(ここはブラストをーーいや駄目だ)


 ブラストを使ってもミカドに読まれると、春雪の直感が告げていた。


(……あんまり使いたくないが、久しぶりにアレを使うか)


 春雪は半円を描くように何度もスティックを倒す。スティックが壊れかねない激しい操作で、ガチャガチャと操作音が周囲に響く。

 指の負担が大きく年を取ってからは封印していたが、若い頃はよく使っていた最強神式のずらしだ。

 最強神式のずらしは通常の操作とは異なり、ずらしの距離が非常に伸びるという利点がある。


「何っ!?」


 春雪の操作は帝の想定を越えており、彼はずらしに対応しきれなかった。

 ギルスはコンボから抜け出すと、すぐさまバックステップで距離を取る。


『最強神式ずらし……久しぶりに見たなぁ。指とコントローラーがぶっ壊れる危険な操作だから、観客の皆は真似しちゃ駄目だよー』


(……よし。コントローラーは壊れてないな)


 春雪は先ほどの操作でコントローラーが壊れていないことに安堵する。


『両者の体力は五分。ヴェルグの猛攻でどちらが勝つか分からなくなってきましたね』


(春雪さん、今のミカドはいつもと違います。用心しないと足下を掬われるかも……) 

 

 帝と対戦経験のある葵は、彼の変化を感じ取っていた。


「俺様がてめぇみたいなオワコン野郎に負けるかよ」


「誰がオワコンだ。クソガキが」


 ギルスとヴェルグが中距離で睨み合う。僅かなミスが敗北に直結する状況で、互いに相手の出方を伺っていた。


(どうやって仕掛けてくるか……)


 春雪は離れた位置からのヴェルグの動きをいくつか考える。


(俺がミカドの立場なら……)


 突進技の狼虎閃で中距離から一気に懐に入る。

 遠距離技の断空閃でローリスクに牽制する。

 リスクは高いがギルスに接近し、近距離戦を挑む。 

 春雪が思い浮かべたのはこの三択であった。


(ミカドの性格的にここで守備には回らないだろう)


 春雪の予想通り、ヴェルグは機動力を活かしてギルスに接近する。ヴェルグの刺突とギルスの槍が衝突し、両者の攻撃が相殺される。


(さっきので返り討ちにするつもりだったが、相手の動きが俺の読みより速い……)


 接近戦は技の回転率が良いヴェルグの間合いだ。ヴェルグの接近を許したせいで、先ほどの攻防でも痛めつけられている。

 ヴェルグは素早い動きで反撃や退避の暇を与えずギルスを蹴りつける。


(……確定コンボがない弱攻撃なら食らってもいい。だが、この位置は危険過ぎる) 

 

 ヴェルグはギルスの行動を出の速い弱攻撃で潰した後、コンボを叩き込もうとしていた。

 ブラストで状況を仕切り直そうにも、帝がそれを警戒しているのは明らかだ。


(一度目は通用したずらしも通用しないだろうな……)


 最強神式ずらしを想定しているのか、ヴェルグは今までよりもギルスに密着していた。


(試合の流れを取られつつあるが、相手の体力は残り僅かだ。後一押しで勝てる)


 ギルスの空中攻撃で無理矢理コンボに割り込もうとする。


(ミカドに読まれれば終わりだが、中途半端な防御策よりはマシだ)


 暴れに成功すれば形勢逆転。失敗すればそのままKO。

 劣勢にも関わらず春雪が選んだのは、ハイリスクハイリターンな強気な攻めであった。 


「……ここで暴れだと!?」


 帝はコンボ中のブラストやずらしを警戒していたが、リスキーな暴れは想定外であった。

 コンボから逃れたギルスの反撃に対し、ヴェルグはブラストを使うが、春雪の方が一手先を読んでいた。

 ギルスのカウンターブラストが決定打となり、ヴェルグの体力が尽きる。


『ここで決着です。いやー、これは予想外。最強神が国内八位の帝王ミカドをストレートで下しました。今大会の彼はほんと強いですねー』


(やったねマスター! 煽りカスのミカドをぶちのめしたね! 人のことを煽りまくるからこうなるんだよ!)

 

 勝者である春雪より彁の方が勝利を喜んでいた。

 

「勝負に勝ったのは俺だ。決闘前の取り決め通り、奴隷にしていた人間を全員解放してもらうぞ」


「……分かってる」


 帝が懐から取り出したスイッチを押すと、奴隷を縛っていた首輪爆弾が外れる。

 帝に生殺与奪を握られていた奴隷達が自由になった瞬間であった。


「ありがとうございます!」


「最強神さんは命の恩人です!」

 

 帝からの支配に解放されると、彼の御輿を担いでいた人々は春雪に感謝する。


「対戦して感じたが、お前は俺より遙かに才能のあるプレイヤーだ。その才能を奴隷作りとかオンライン荒らしとか、下らないことに使うのは勿体ないぞ」

「……才能か。俺様の才能を羨ましがっているみてぇだが、俺様より才能のある人間なんてこの会場だけでも何人もいる」


 帝は自嘲するように乾いた笑みを浮かべる。


「中途半端に才能があったところで、自分を上回る天才に潰されるだけだ」


 春雪は帝の言葉から彼が心の折れた人間だと察する。


「お前より長生きしている分、才能の壁は嫌になるくらい分かってる。俺は本気すら出していないあいつに百回以上負けてるしな」


 春雪は紗音に視線を向けるが、彼はスルーしていた。


「……はっ。そこまで負けてるのに引退しないなんて、呆れるくらい諦めの悪い野郎だな。一周回って感心するぜ」


「今回は俺の勝ちだがまた戦おうぜ」


 帝は春雪の言葉には答えず会場を去る。


(マスターが二連勝しちゃったから、クソミカドは捨て台詞も出てこなかったみたいだね)


(口悪いなぁ……。彁ちゃん、ミカドが本当に嫌いなんだね……)


「いい試合だったね最強神さん」


 審判を務めていた紗音がパチパチと拍手する。


「俺がミカドに負けるのを期待してたみたいだが、どんな気分だ?」


「正直に言うと予想外だね。最強神さんがここまで勝ち上がったのは、マグレじゃないって認めるよ」


 春雪を認めている口振りだが、彼には紗音の本心が読めなかった。


「僕と決勝で当たるまで勝ち抜くのを期待しているよ先輩」


「以前は眼中にもないとか言っていたが、俺を倒すべきライバルだと認める気になったか?」


「ミカドに勝ったくらいで思い上がらないでよ。あの程度じゃまだまだ足りないから」

 

 春雪は何も言い返さずに紗音の背中を見守る。

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