第27話 二回戦①「ミカドの弱点」

 最強神が二回戦まで勝ち抜いたのは、観客にとって予想外であった。しかし、「最強神の快進撃もここで終わりだ」と観衆のほとんどが考えている。

 今回の対戦相手はノワールのようなアマチュアではなく、香子のような引退したプロでもない。

 現役の上位プロプレイヤー『帝王ミカド』だからだ。


『この試合――帝王ミカドの勝利を予想している人が大半ですが、同世代のプレイヤーとしては最強神に古参の意地を見せて欲しいところですね』


 誰も春雪の勝利を期待していないが、実況席の香子は春雪を遠回しに応援していた。


(春雪さん、応援があまりないね……)


(慣れてるから大丈夫だ)


 春雪は葵と念波で会話する。

 最初は吐き気を催したテレパシーも気がつけば慣れていた。


(マスターのファンぶってたのに、今回は眼鏡女は応援してくれないんだね)


(りっちゃんは試合を控えてる。それに応援は強要するものじゃないぞ)


 春雪は嫌味ったらしく言う彁を諫める。

  

「よう最強神。てめぇみたいなゴミ虫がここまで勝ち上がるなんて誉めてやるよ」 


 遅れて会場入りすると、ミカドは御輿から降りる。


「お前に誉められても嬉しくないな。俺の目的は優勝だけだ」


「お前ごときが優勝だと? 笑わせるなよ。てめぇ、アルフィスやりっちゃんも倒すつもりでいるのか?」


「おかしなことを聞くな。俺は優勝を目指しているんだ。誰が相手でも全力で勝ちに行くに決まってるだろ」


「くくっ……はははははははっ!」

 

 帝は春雪の言葉に大笑する。


(あの野郎! マスターをバカにしやがって! 何がおかしいんだよっ!)


「俺と当たった時点でお前に優勝は無理だ」


「やってみなきゃ分からないだろ」


「こんな結果の分かりきった試合――普通にやってもつまらねぇ。俺様と決闘しようぜ」


 帝は春雪に決闘を申し込む。


「ノワールやルーローとやり合っていたし、決闘が好きなんだろ? 俺様とも勝負してくれよ」


「何が望みだ?」


「あいつら以外の新しい奴隷が欲しくてな」ミカドは御輿の担ぎ手達を指さす。「俺様が勝ったらお前には奴隷になってもらう」


「決闘を受けたくないなら受けなくてもいいぜ。俺にビビったチキン野郎として一生笑い物にしてやるがな」帝は春雪を煽る。


(この野郎っ! マスターに生意気な口聞きやがって! ぶっ飛ばすぞ!)


 彁は帝の近くでブンブンと鎌を振り回す。

 

「目上の人間に対して口の利き方がなってねえな。決闘を受けてやるよクソガキ」


「話が分かるなおっさん」


「俺が勝ったら、お前が奴隷にしている人間を全員解放してもらおうか。王様気取りのガキが必死こいて集めた奴隷を失う姿は見物だろうしな」


「オワコンのジジイが俺様に勝てると本気で思ってんのか。お前が勝った時の条件なんて必要ねえよ」


 春雪は帝の挑発を一笑する。


(マスター、クソボケゴミクズミカドにもっと言い返してやりなよ!)


(その必要はないぞ。これから試合でミカドをぶちのめせばいい。ああいうイキったガキの鼻先をへし折るのは楽しいからな)


 帝は春雪と決闘を行いたいと、運営スタッフに伝える。

 五分ほど経って決闘の立ち会い人が訪れるが、今回の審判は決闘審判会の男ではなかった。

 決闘の立ち会い人を担当するのは紗音であった。


「紗音、どうしてお前がここに?」


「僕が決闘に立ち会えるように、決闘審判会の人に頼み込んだんだ。元チームメイトの散り際くらいは特等席で見物したいからね」

 

 超一流の選手で審判の経験もあるため、異例ではあるが、紗音が決闘の立ち会い人になることを認められたようだ。


「残念だが、お前の期待には応えられそうにないな」


「あの帝王ミカドが、国内ランキングにも入っていない選手なんかに負けるわけないよね?」


 紗音は春雪をスルーして帝に問いかける。


「……俺様が負けるわけないだろ」


 帝は紗音から目を逸らす。

 今まで傲慢に振る舞っていた帝も、苦手意識がある紗音の前では大人しかった。


「そうだよね。最強神さんがチート使ってたとしても、君なら返り討ちにできるだろうしね。圧勝を期待しているよ」


「お前が俺を嫌っているのは前々から知っているが、ミカドに有利になるジャッジとかするなよ」


「心外だなー。僕はゲームに関しては公平だから。最強神さんの方こそ、チートは使わないようにね」


(彁、いつものやつを頼む)


 春雪は躊躇せず彁に助力を頼む。


(了解。最強のマスターに戻って、クソミカドをぶっ飛ばしてよ)


 彁が鎌を振るうと、春雪の寿命を奪い力を与える。

 彁の助力は葵戦で一度、今回で二度目。

 一日分の死神の力はこれで打ち止めだが、春雪は使用に躊躇がなかった。その理由は、準々決勝で当たる予定の相手が棄権しているためだ。

 つまり、この試合に勝てば春雪は自動的に準決勝まで進出する。


「ロートルに力の差を見せてやるよ」


 試合前に春雪はギルスを、帝はヴェルグを選択する。ランダムセレクトで選ばれたステージは、山頂ステージであった。狭めのステージで、後ろに下がり過ぎると場外に落ちる危険性のあるステージだ。

 キャラとステージが決まると、白銀の騎士と漆黒の騎士が決戦の舞台で向かい合う。


『またまた決闘になっちゃったけど、カラーリングが対になった騎士が揃うと映えるね~』


 モニター上の並び立つ白黒の騎士を香子は暢気に眺めていた。


「俺様が瞬殺してやるよ」 


 試合が始まると、ヴェルグが開幕からギルスへ肉薄する。


(速攻狙いか)


 ギルスが初撃を避けると、ヴェルグは上・中・下段の攻撃で揺さぶりをかける。春雪が対応に失敗した瞬間に畳みかけるのが、帝の狙いであった。


(春雪さん。いい反応だよ。上手く防御できてる!)


 ギルスがヴェルグの動きに翻弄されず三段攻撃をガードしきると、葵が春雪を賞賛する。


「……ちっ」


 ギルスに攻めを捌かれると、帝は舌打ちする。彼は春雪の予想外の実力に苛立っていた。


「おい。俺を瞬殺するんじゃなかったのか?」


「雑魚にしては少しマシみてぇだな」


「俺を侮るなよ」


 先ほどの仕返しと言わんばかりに、今度はギルスが仕掛ける。

 

「舐めやがって。接近戦で俺様とやり合うつもりか」


 ヴェルグは防御や逃げではなく、攻撃には攻撃で迎え撃つ。

 リーチではギルスに分があるが、手数やスピードはヴェルグの方が上だ。

 ヴェルグは突き立てられた槍を掻い潜ると、レイピアの先端が当たる間合いをキープする。


『お互い一歩も退かずに打ち合ってますね。全く下がる気配がないけど、どっちも負けず嫌いだなー』


(相手の方が手数が多い……。この位置で戦うのは無謀だよっ!) 


 彁は春雪に退くようにアドバイスするが、彼はギルスを後退させない。

 不利な間合いだが、春雪はヴェルグの動きに対応していた。死神の力で全盛期の反応速度が戻っていることに加え、互角に戦えている理由がもう一つあった。


(悪いな。お前より攻めが速い『りっちゃん』と対戦済みなんだ)


 帝の攻めは速いが、りっちゃんはもっと速い。彼女のスピードを体感した春雪ならば、対応できない相手ではなかった。


(帝王ミカド―—仮想りっちゃんとして練習相手になってもらうぜ)


「クソがぁっ……!」


 攻めきれていない帝は露骨に苛立つ。

 全力を出しているにも関わらず、奴隷候補の春雪と互角という事実が、帝にとってこの上なく屈辱であった。

 ヴェルグがレイピアを突き立てて猛進する。ヴェルグの必殺技の一つ『狼虎閃(ろうこせん)』であった。


(お前が攻めてくるのは読めていたぜ)


 狼虎閃は判定が強く発生の速い強力な技だが、読めていれば対処できる技であった。

 ギルスは槍でヴェルグの剣を受け止めると、強烈なカウンターを叩き込む。


「何だとっ!?」


 自分の動きが完璧に読まれていることに帝は驚愕する。

 帝王ミカドを万年予選落ちの最強神が完全に圧倒していた。観客や対戦相手である帝が予想していない試合展開であった。

 ギルスのカウンターで手痛い反撃を食らうと、今まで攻め続けていたヴェルグが後退する。

 帝が選択したのは立て直すための逃げであったが、狭いステージでは場外負けのリスクが高まる行動でもあった。

 劣勢になったヴェルグの逃走を春雪は想定しており、ヴェルグが下がるよりも早くギルスはダッシュしていた。


『最強神選手の反応が早い。ヴェルグの後退を完全に読んでいましたねー』


(逃げ癖が出たなミカド)


 ヴェルグのスピードが速くても、後退が事前に予想できているのならば、ギルスでも十分追いつける。

 ギルスのダッシュ攻撃でヴェルグが場外まで吹き飛ぶ。ステージ外でヴェルグがダウンした時点で、場外負けが確定した。

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